まあ、きみがあいつのリズムに合わせるのに苦労しているところがあるのはわかる。
と部長がいう。
例の同僚と2人で担当しているクライ
アントについて定例の報告をしていた
ときの話だ。あいつ、というのはその
同僚のことだ。奴はまたライブが近い
とか言って、俺に報告を任せて午前半
休を取っている。
ころがある、っていうのはむちゃくち
ゃ控えめな言い方だと思いますね。
俺は言った。この部長があの気難しく
て横暴な同僚に甘いのは全然変わらな
い。
まあ、そう言うな。私はきみたち2人
リズムのズレが逆に絶妙にいい感じを
生み出していると思うんだ。ポリリズ
ミックな関係というやつだな。
部長はまた変なことを言い出した。ポ
リリズミックな関係ですか? 俺はお
うむ返しに尋ねた。
そうだよ、きみも音楽やってるからポ
リリズムって知ってるだろう。ある拍
子の上に別の拍子のフレーズをのせて
演奏すると、絶妙な緊張感や盛り上が
りが生れたりするだろ?
部長はまた突然、ミニキーボードを取
り出して内蔵のリズムマシーンで普通
の4拍子のロックのリズムを鳴らした。
やれやれ、またか。
たとえば、この4拍子の上で、3拍と
か5拍でまとまっているフレーズをの
せて演奏すると、カッコよくなったり
するじゃないか。ずれることで緊張感
が生れるけど、それが最後に辻褄があ
ってバチンと解決するとやたらかっこ
いいじゃん。
部長はキーボードでリズムマシンのリ
ズムに3拍フレーズを乗せて弾いてみ
せた。
リズムマシンの4拍子とずれていくが、
ある程度のところでフレーズの辻褄が
あって両者がはまる一瞬が気持ちいい。
まあ俺もジャムセッションでアドリブ
弾いたりしていて経験していることで
はある。
で、きみたち2人はこのポリリズムみ
たいな感じでさ、合わないと思えるも
のが、最後にあわさって絶妙なグルー
ヴを生み出していると思うわけだよ。
その証拠に2人でやってる仕事でクラ
イアントをしくじったことってないだ
ろ?
はあ。と俺は言った。この人の軽いノ
リにいつまでついていけるだろう、と
俺は思った。
だから、わがチームとしては、2人の
どっちが欠けてしまっても組織として
のグルーヴを失ってしまうと思うわけ
さ。だから2人にはこれからもうまく
やっていってもらいたいわけ。
俺は、自分と同僚が2つのパーカッシ
ョンになって違うリズムを生み出しな
がら演奏されているイメージを思い浮
べた。いつも隣同士、一生離れずにぼ
こぼこ叩かれている……いやだ! い
くらカッコいいグルーヴとかいわれて
もそんな会社人生なんていやだ!
次第に息が早くなって、心臓の高鳴り
を押さえ切れなくなってきた。
……ところで肩を揺さぶられて目が覚
めた。
どうした。また昼寝か? そんなにう
なされて、さては午前中の部長への報
告のし方がまずくて怒られたか?
目の前には同僚がいた。周りを見渡す
と俺は面談から戻ってデスクで居眠り
していたのだった。それを午後から出
社してきた同僚に見つかったわけだ。
あ、そういえばさっき斉藤さんから連
絡があったから来週金曜日に出張しま
すと言っといたぜ。
斉藤さんというのはクライアントの担
当者の名前だ。俺はあわてた。
だって、来週金曜日は夜にジャムセッ
ションがあるから出張できないって言
ったじゃないか。
そうだったかな? まあ、あきらめろ、
どうせ大したセッションじゃあるまい。
同僚は声をだして笑って自分のデスク
に向かっていった。
部長おかしいですよ。俺は心の中で叫
んだ。ポリリズムって最後に辻褄合わ
せるのはリズムを崩した方でしょう?
俺は崩されっぱなしですよ、いつも。
俺は頭を抱えて机の上に崩れ落ちた。
(このお話はフィクションです。現実
の会社、同僚、上司への報告などとは
関係ありません。たぶん}
て、ことで。