いつも弾いてるギターが壊れる時……とバックアップ問題

前、セッションしていたら
ですね、私がふだんよく使って
ギターから急に異音がしだ
しまして。ま、正確にいうとア
ンプからってことですが。

 

普通に弾いてるはずの音はまるで出な
という事態になりました。まあほと
んどセッションの一番最後のところだ
ったので、その日はそれ以上弾くこと
もなく終わったんですが。

 

アンプ別のギター繋ぐと問題ない
で、その時は自分のシールドの問題
なあと思って帰宅して、シールドを替
えて家のアンプにつないでみたんです
が、っぱりダメなんです。全く同じ
症状で。

 

ということは、つまり

 

ギター側の問題

 

いうことになるわけですね。

 

早い話が、故障してるってことでして。

 

ちょっと焦りましたなぜかというと
その翌日の夜に、とあるライブにほん
のちょっとではありますが、出ること
になっていまして昼間のうちに買っ
ショップに持ち込もうかとも思った
のですが、昼間は昼間で別の予定もあ
り……。

 

まあ、別のギター持ってるんで、そ
を持ち出して、ことなきは得ました
どね。しばらくそっちのギターは弾い
てなかったので、ちょっと不安でした
が。

 

やはり、バックアップというものは
で、バックアップもちゃんと臨戦態
勢(というと大げさですが)が出来て
いるようにしておかねば、と思った次
第でございます。

 

これを読んでいる方で、パートナー
人がギターを弾く人で、ギターの買い
増しをしようとしていたら、2本目ま
では許してあげてください。バックア
ップは必要です。

 


写真はイメージです(笑)

3本目以上は単に目移りしてるだけ
可能性が高いので、その限りではあり
ませんが。え、私? えーと6本あり
ますね。アコギ入れてですけどね……。

 

だめじゃん(笑)

 

ちなみに具合の悪くなったギターは、
後日ショップに持ち込んだら、アース
が外れていただけだったので、すぐに
復活しました。ともあれ、そのギター
だけにちょっと負荷をかけすぎていた
ので、他のギターももっと弾いてやろ
と思ったのではありましたよ。

 

え? ギターが色々必要だっていう
モンストレーション? いやはは。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

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クラフトビール的?

ラフトビールお好ですか

 

クラフトビールという名前もだいぶ
般に浸透してきましたが、平成6年に
酒税法が改正されて、ビール生産の最
低製造量が引き下げられてから、日本
各地に誕生した、個性的なビールを少
量生産するメーカーのビールのことを
(日本の)クラフトビールといいます
ね。

 

昔は地ビールという呼び方が一般的で、
一度ブームになったのですが、発泡酒
が出てきて下火になり、苦労したメー
カーも多いようです。それがまたクラ
フトビールという呼び方が普及すると
ともに、また勢いを伸ばしているよう
毎年10%を越えるようなペーで伸
びているんだとか。

 

最近では、クラフトビールを各種とり
そろえたビアホールなども人気のよう
です。各大手メーカーが大量生産する
ビールとはまた違った個性が色々味わ
えるのがクラフトビールの楽しみとい
えるのでしょうね。

 

この前、そんなクラフトビールの飲め
る店にいったんですが、ビールの銘柄
が色々あって、頼んだ方もよくわかっ
てないんで、色々注文違い発生して
ました。人の頼んだビール飲んでしま
ったりとか。まあ、それも含めて面白
かったですけどね。

 

それに日本各地で製造されてもいるわ
けで、その土地で造られたクラフトビ
ールを飲むというのも旅をする楽しみ
一つになってきたと言えると思いま
す。ま、もちろんビールが好きならで
すが。※※

 

で、

 

セッションなんてものをやってる身と
してはですね、良いセッションという
のは、良いクラフトビールみたいなも
んではないかと、一杯ひっかけながら
思ったりしたんですよね。

 

メジャーなアーティストヒット曲
か、大きな広がりで盛り上がる音楽
いうのはあるわけです。それはそれで
価値があると思うんですが。

 

いっぽうでとても限定された場で展開
されるローカルでも個性的なセッショ
ンをクラフトビールのように楽しむ
というのもいいじゃんとか思うのです
よね。

 

小ロットでも盛り上がる、クラフトビ
ールのようなセッション(笑)なんか
良くないですか? そういえば昔クラ
フトワークというバンドが……

 

……(ゲップ)

 

……て、ことで。

 

それでは、また  ( ̄▽ ̄)
※最近はクラフトビール・ブームに大
手のビール・メーカーも乗ってきてそ
のメーカー独自のクラフトビール(的
な?)ブランドも作ったりしてますね。

 

※※またまた最近は、クラフト・ジン
んてのも流行しつつあるようです。

 

やり抜く力 vs. なんとなく続ける力?

り抜く力ってのが注目され
ことがあった気がするんですが。
今でもされてるのかな?

 

そういうタイトルがあるんですよ
ね。英語で言うと “GRIT” ですが。
つの単語の頭文字から作られた造語
そう、ざっというと、

 

「困難に遭ってもくじけない闘志、気
概や気骨などの意味を表す英語で、社
会的に成功している方たちが共通して
持つ心理特性として、近年注目を集め
ています」

 

ということになります。ま、ググった
ら出てきたんですけどね。

 

で、その GRIT興味のある方は、
を読むなりさらにネットを検索してい
ただければと思うんですが、最近私が
感じているのは、

 

(だらだとでも)なんとなくやり続け
る力

 

大事なんじゃないかと思うわけです
よ。なんかだらけた話みたいで恐縮で
すけど。

 

これを「力」と呼ぶべきなのかもよく
わかりませんが、そうやって続けてい
ると色々いいことある気がするんです
よ、たまにね。「いつも」じゃない
ころがまあご愛嬌(?)ですが。

 

私の話をしても説得力があるかどうか
わかりませんが、私が音楽を続けてき
というのもべつに「やり抜く力」が
あったせいとも思えないんですよね。

 

 

なんとなく、とくにわけもなくやって
たら、なんとなくセッションなんかに
(といえば失礼ですかね)興味を持っ
てなんとなくアラカンセッションなん
てものを始めたら、なんとなく楽しい。
なんてことになっているわけでして。

 

なんとなく、ね。

 

その一方で、始めてみたけどなんとな
くは続けられなかったものってのも
山あるわけですが。その(頑張らなく
ても)続けられる・られないというの
を分けるモノはなんなのかちょっと
知りたいと思うところではあります。

 

その解明に一生をかけてやり抜く気も
ないんですけどね(ないのかい)。

 

て、ことで、

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

ファンタジーとしての○○本?

の前、YouTube 動画を色々
眺めてたんですが。

 

その中のある動画でビジネスの自己啓
発的な本について語っているところが
ありましてですね。

 

で、そこではそういうビジネス書は、
読めばできるわけじゃなくて、読むと
自分はそれができないことがわかる
めのものだ。なんて言ってるわけです。

 

で、さらには、そこに書かれている
キるビジネスパーソンの姿というのは、
ファンタジーなんだよ。なんてことも
言ってたんですね。

 

まあ、確かにそうだよなあ、なんて
うビジネスパーソンでもない私なんか
遠い目をして観てたんですが。

 

で、

 

ふと思ったのは、音楽の教則本なんて
のも、

 

ファンタジーとして読む

 

というのもありじゃないか、というか
そういう風に読む方が精神衛生上はよ
いのかもしれない。なんて思ったわけ
です。

 

 

課題として出来る出来ないで苦しんで
投げ出してしまうよりは、ファンタジ
ーとして楽しんで読み通す、なんて方
が結局良いのでは? なんてね。

 

YouTube でいっぱい流れている超絶技
巧の動画教則動画なんてのもファン
タジーとして見ると心穏やかに見られ
るかもしれませんね。AI生成された
動画なんてモノがでまわるようになる
と、とくに。

 

そうやって自分の本棚を見ると、ファ
ンタジー本結構一杯あるなあ、と思っ
たのではありました。だいぶ売りに出
したんですけどね。

 

て、ことで、

 

それでは、また( ̄▽ ̄)

 

マウンティングをめぐるあれこれ

の中には上から目線で、
ウントを取りたがる傾向の人
いるわけですが。

 

そうはいっても、いつでも誰に対して
もってわけではなく、自分より立場が
弱い(と当人は思っている)相手にす
るわけですね。で、そもそも当人
ウントしてるという意識もないことが
多いんじゃないかと思うわけです。

 

みなさんもそんな、「あれ? 今、俺
(私)マウントされてる?」的な経験
されてことあるんじゃないでしょうか?
学校だったり職場だったり、あるいは
セッションの現場だったり(笑)

 

SNS なんてのは、しばしばある意味
意識のマウントのとりあい現場だった
りしますね。なかなか香ばしかったり
するわけですが。

 

で、

 

なんで人はそんな風にマウントをとり
がるのかというと、ネットとかを見
るとそれはその人の劣等感の裏返し
とか書いてあるわけです。人に自分を
めさせることで劣等感を感じるのを
けようとしているわけですね。確か
にそういうことありそうですね。

 

それと似たようなことかもしれません
が、自分のテリトリーというか縄張り
侵してくる可能性があると判断した
相手に仕掛けてくる、っていうのもあ
りそうですね。

 

つまり、結構生物的なサバイバルのた
めの反応(の名残り)ともいえるわけ
で。だからマウンティングしようとし
ている本人はそれをマウンティングと
は思わずやっているということが多い
のだろうなと思うわけですよ。

 

ふだんマウンティングなんかする奴
は最低だから気にするな、なんて言っ
てるような人が、ある局面では(無意
識に?)マウンティングしてるとかあ
るんだなあ、と。

 

ある人についてのそんな話を、別の立
場のから聞いたりして、自分もどこ
かでやらかしてはいないかとわが身を
振り返る今日この頃ではございます。

 

とくにアラカンとかシニアとか、あま
他人から上から目線でモノを言われ
なくなってくると気が緩むというかね。
気をつけましょうね。

 

メタ認知だかメタメタ認知だか働かせ
ないとね。

 

て、ことで。

 

では、また  ( ̄▽ ̄)

 

褒めればなんでも上手くいく……わけでもない?

のことを褒めることの大切
というのはよく言われることです
が。

 

人は褒めて育てる、なんていう言葉
いうか教育哲学というか、そんなのも
よく聞きますよね。

 

人間の承認欲求を満たすことで得られ
充足感を生み出す、なんて理屈なわ
けですが。

 

なんですけど、

 

褒めればいいって訳でもない、なんて
話も聞きます。そんなこというと、俺
若い頃厳しく指導されて成した
もんだとか、そんなことをいうおじさ
がいろいろ湧いてきそうですが(
楽界隈にもいますよね)。

 

ただ、それとはちょっとまた違った観
もありまして。

 

前に読んだ話で面白かったのが、ある
職場辞める人が多いので、「最優
賞」とかいうのを作って表彰したら、
かえって表彰された人が辞めてしまう
なんていう現象があったのだそうです。

 

なんでかというと、表彰されることで
次はもっと上手くやらないととかいう
プレッシャーを感じてしまって、働く
のがつらくなってしまったのが原因だ
った、っていう話だったんですね。

 

かけられている期待過剰だ(と思う)
重荷と感じてしまうというね。これ
もまたりがちなことなわけで。

 

 

ことほどさように人を褒めるというの
は有効なこともあるかもしれないけれ
難しいということですね。

 

そんなわけで、私のことを褒めたいと
思っても褒めなくていいですよ……で
まるで褒められないのも寂しいから
ちょっとだけ褒めてください、ってこ
とになるわけですが。それって、ただ
面倒くさいヤツだな。

 

むずかしい……

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

「音楽の喜び」の2つの意味?

が音楽を演奏するのはなぜ
というと、たいていは演奏するこ
とで喜びが得られるからだと思う
のですが。

 

まあごく稀に修業とかでやってて別に
喜びはないという人もいるかもしれま
せんが、そういう人はいったんおいと

 

以前、仕事のキャリアとかそんなこと
について書かれたモノを読んでいたら
仕事から得られる喜びには「幸福感」
「満足感」とがあると書いてありま
して。英語でいうと “Happiness”
“Satisfaction”  ですが。

 

日々の仕事がどれだけ面白いか幸福
に影響して、仕事で得られた結果
成果満足感に影響する、と。まあ
ざっとそんな話だったわけです。

 

で、

 

この2つって、音楽からわれわれが得
る喜びにもいえることじゃないか、と
思ったわけです。

 

ジャム・セッションなどで音楽みん
なで集まってわいわい(かどうかはと
もかく)演奏すること自体が楽しい
いう感情は、「幸福感」を生むわけで
すが。

 

一方、演奏した結果上手に弾けとか
聴いた人から素晴しいと褒められた
かいうことでもたらされる感情は「満
足感」なわけです。

 

そして、そのどちらがその人により多
くの喜びをもたらすのかは、結局その
人次第なわけです。どちらが良い悪い
ということではなくてね。

 

 

ただ自分がどちらにより喜びを感じる
というのは、自覚しておいた方がい
いのかもしれません。どっちが 100 で
どっちがゼロっていうことはまずない
とは思いますけど。

 

そして、例のメタ認知の話じゃないで
すが、他の人は自分とは違った喜び
得かたをしているかもしれないと知
ておくことは大切ではないかと。

 

そんなことを思ったのではありました。

 

あなたはどちらにより喜びを感じます
か?

 

て、ことで、

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

メタ認知すればいいってもんでもない?

タ認知って言葉は、最近結
知られるようになっていますよね

 

簡単にいうと、自分がどう感じたり考
えたりしているか認知しているか)
ことを客観視して見る力のことですけ
ど。

 

それによって現状を評価したり、問題
を修正したりするために大切、という
ことですね。メタ認知が出来る子供は
成績がいいとか、そんな記事をこのあ
いだ見ました。

 

そっち方面にも攻めてきたか、って感
じですけどね。

 

で、

 

適切に自分をメタ認知するっていうの
は確かに大切なんですが、問題はこの
「適切に」ってことでして。つまり、

 

適切でないメタ認知もある

 

ってことなわけです。

 

それが信念レベルまでいってしまうと
話は結構やっかいになります。

 

たとえば、ある成功経験をもとにこう
いう時にはこうすればいいとかいう
を持っているとしても、それがいつ
も通用するとは限らないわけです。

 

会社部下にこういう言いかたをすれ
やってもらえたという知識をもとに、
趣味の集まりとかで同じ言いかたをし
ても上手くいくとは限らないとか。あ
りますよね。

 

 

そういう問題に陥らないようにするに
は、そういうメタ認知的知識さらに
俯瞰的に見ることが必要だそうで。

 

メタメタ認知っていうそうですが(笑)

 

経験豊富だと自分で思ってる人ほどメ
タメタになった方がいいのかもしれま
せん。

 

え? それが言いたかっただけだろう
って? ばれたか←

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

「引き算で考える」のが苦手な世代? 得意な世代?

く、「引き算の発想」なん
て言葉を目にします。

 

人間、仕事にしても普段の生活にして
も、結果を出そうとして、えてして
れを足そう、これも加えようという発
想に陥りがち。でも、実は反対に余計
なものをそぎ落としてく発想やり方
良い結果を生みやすいということな
わけですね。

 

この「引き算の発想」音楽とくに
ャムセッションの現場でも役に立つ
え方とよくいわれます。

 

アドリブでソロを弾くというような状
況になると、アレをやって驚かせてや
ろうとか、もっと複雑なこともしたい
とか、「足し算」を考えやすいんです
ね。いわゆる「弾き気」ってやつで。

 

でも、実はある程度余裕を持ったとこ
ろにクライマックスを設定して、そこ
からき算してかなりシンプルなとこ
ろからスタートするという発想で望ん
だ方がいい結果になることが多いわけ
ですね。

 

で、

 

この発想、音楽でも大事なんですが、
人のアラカン以降の生き方を考える上
でも大事ではないか、と思ったりもす
るわけですよ。

 

特にサラリーマンで、これまで色々と
「足し算」を求めてきた人は、その
ラリーマン生活一段落したところで
「引き算」発想を取り入れて行くのが
、ではないか。

 

人生の転換期夢は色々つきないとは
思うのですが、余裕のある到達目標
持つのが大切ではないか。その上で、
最終的にプラスαがつけ加えられれば
それはそれで、グ○コのおまけみたい
なもので、嬉しいんじゃないか。

 

なんてことを思うんですが。ただ、上
にも書いたように「足し算」発想が頭
に刷り込まれたようなわれわれ世代
は、自然に取り入れるには案外ハード
ルが高いのかもしれません。まあ、そ
の人その人違うとは思いますけど。

 

それに比べて、「Z世代」とか、今の
若い世代の人たちの方が、こうした考
え方に親和性が高いのかもしれないな
あ、などと思ったりもするんですが。

 

て、ことで、まあぼちぼちまいりまし
ょう。

 

それでは、また( ̄▽ ̄)

 

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音楽を皮膚で「聴く」?

間の「脳」の話題というのは、
好きな人が多いというか、食いつ
きがいいみたいでして。

 

脳科学がどうのとか、脳トレとか、
ケ防止とか、そんな話題が世の中には
あふれています。まあ、ここでもそん
な話はよくしてますが。

 

一方で、そんな世の中で語られている
「脳」にまつわる話題がどこまで信憑
があるのかについては、色々議論
あるようではあります。そもそも「脳
科学」なんていう学問分野について
を投げかける人もいたりします。

 

まあ、そうはいっても世の中からいわ
ゆる「脳科学」的な話題なくなるこ
ともないんでしょうけどね。特になに
せ今は超高齢化社会ですからね。

 

特にアラカンとかそれ以上の年齢にな
るとどうしても脳をいつまでもボケさ
せずにいたいとか、そういう思いも強
くなりますしね。気になるテーマでは
あるわけです。

 

で、それはまあそうだとして、

 

その一方、個人的に気になってい
のは、

 

皮膚感覚

 

だったりします。

 

まあたまたま傳田光洋さんという皮膚
研究をされている方の本を読んだ
らなんですけどね。

 

私が読んでいてとくに面白かったのは、
皮膚というのは、モノに触れたりして
触覚で感じるだけでなくて、音を「聴
いて」いるのではないか、つまり音波
を感知しているのではないか、という
ような話が出てきたりするところでし
て。

 

 

耳では聴こえない高周波数の音皮膚
は反応しているのだとか。そんな皮膚
感覚が例えば音楽を聴いた時のトラン
ス状態を生み出すのに関与しているの
かもしれないとか。

 

学問的にしっかりと実証された話なの
かはよくわかりませんが、音楽好き
とっては、それこそ「皮膚感覚的に」
納得してしまうようなことが書かれて
おりました。

 

ライブセッションなどでも、皮膚
(生で)音を感じるというのは大事
というのは何となく思うことでもあり
ますしね。

 

て、ことで、

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

セットじゃないとおかしいもの?

ットっていっても、別にラン
チの定食とかCD10枚組とかいう
ような話じゃないんですが。

 

最近、音楽とは全く関係のない(……
ともいえないか。まあ直接的には関係
のない心理学系の本を読んでいたら、

 

相づちを打つのとうなずくのはセット
しましょう

 

というようなことが書かれていたんで
すよね。

 

つまり、対面で人の話を聞くときに
づちを打つのは大切なわけですが、そ
れと一緒にちゃんとうなずくというの
セットでしないとなんか妙というか
おかしいよね、ということですね。

 

で、まあ、そう言われりゃたしかに首
を動かさず、うなずかないで相づちを
打つというのは、やってみるとわかり
ますがかなり変なわけでして。

 

 

下手すると、なんかばかにしている
うに見えたりするわけです。

 

で、

 

そんな話を読むと、ジャムセッション
で、人のフレーズ反応してフレーズ
を返したりするときとか、特にコール
&レスポンスをするときとかを思っ
しまったりするわけですが。

 

そんな時に最初にフレーズを出した人
の方を見たりアイコンタクトとか
ないでフレーズを返したりするのも、
うなずかない相づちほどとはいえない
かもしれませんが、結構不自然だよな
あ、と思ったと。

 

ちゃんと態度でも示さないとね。

 

そんなことを思った読書の時間であっ
た、というようなお話でした。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

脳をハラハラさせるのにいいこと?

社勤めを辞めると、やはり人
ぐうたらしてしまいがちになる
わけですが

 

私、あまりぐうたらしてるとボケる
なあなんていう不安にかられる、そん
な年ではありましてですね。

 

そんなことを思っていると、また
ことを書いた記事なんかが目に入って
きたりするんですけど。そんな中に、

 

というのはハラハラしてるときがい
ちばんフル稼働して冴える

 

ということが書いてありまして

 

これはまあ、ボケ防止とかそんな話と
いうよりはどうやっていろんなアイデ
アを生み出すか、なんて話の流れで出
てきたんですけどね。

 

というのは、なまけものというか、
危険を避けるために無意識にハラハラ
するようなことを避ける傾向があるの
で、意識的にハラハラするような
環境に身を置くようにすると、頭が冴
えてアイデアが生れやすいなんて書い
てありました。

 

 

とはいえ、どうすりゃいいんだ、とい
う話ですが、例えばいつもと違ったラ
ンチを食べにいくんでもいいんだなん
と記事の筆者はいうんですが。

 

そんなら、セッションで、ふだんやっ
たことのない曲をやったりして、うま
く弾けるかとか、ロストしないかとか、
そんなことでハラハラするのもありで
はないか、なんてジャムセッションを
やってる人間としては思うのではあり
ました。

 

まあ、この歳になると、あんまりハラ
ハラしっぱなしというのも、心臓に良
くない気もしますからね。良く知って
いてやってて楽しい曲と、ハラハラす
るような曲とを上手く「配合」するの
がよいかな、などと思ったりもしてお
ります。

 

いかがですか?(なにが?)

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

音楽と魔法と南の島と

「魅惑の宵」という曲があ
りまして、この前フランク・シ
ナトラが歌っていバージョン
を聴いてたんですが。

 

『南太平洋』という映画(1958年)
がありまして。古い映画がお好きな方
はご存じかと思うのですが。
南太平洋の島(オセアニアの今でいう
ヴァヌアツあたりのようです)を舞台
としたラブ・ストーリー映画で、もと
もとはブロードウェイのミュージカル
だった作品です。

 

この「魅惑の宵」という曲は、この
ュージカルの中で歌われる曲の1つ
わけです。

 

リチャード・ロジャーズオスカー・
ハマースタイン2世というミュージカ
ルの名作を数々残している作詞作曲チ
ームの作品です。『サウンド・オヴ・
ミュージック』なども手がけている人
たちですね。

 

この「魅惑の宵」については、かの
ンドリュー・ロイド・ウェーバー
ュージカルのために書かれた最高の曲
だと言ったとかいう話もあります。

 

で、

 

この曲、原題 “Some Enchanted Eve-
ning” といいます。Enchanted というの
「魅惑の」という日本語にあたる
けですが、辞書を引くと「魔法にかけ
られた」なんてことも書いてあったり
します。

 

魔法にかかったようにうっとりしてる
様子をいうわけですね。元々は動詞
enchant(「うっとりさせる」「魔法
にかける」)から来ているわけですが。

 

この単語の語源を調べると、ラテン語
incantare という言葉になるのだそう
ですが、この cantare というのは「歌
う」という意味なんですね。イタリア
語では今でも cantare は歌うという動
詞ですよね。

 

そんなことをヒマにあかして調べたり
してると、音楽によって引き起される
トランス状態とか、魔法とか呪術とか
関係性がそんなところにも残ってい
のだろうなあ、などと思ったりもす
るわけです。

 

で、そんなイメージ「南太平洋」
島のイメージと合わさってさらに増幅
されたりとかね。

 

映画観なおしてみようかな。それとも
いっそ南の島に行ってしまうのもいい
かも。なんてことを思ったというお話
でした。探さないでくださいね。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

ワークとライフはグルーヴしているか?

楽に「グルーヴ」って言葉
ありまして。

 

なかなか説明の難しい言葉なんですが、
そのグルーヴ感を感じるために、一種
円運動と考える、なんていうやり方
があります。

 

たしかに、リズムを取るときに身体を
動かしているのは円運動といわれると
そうかな、とも思いますし。そもそも
音は波動ですからね。円運動
深い関係がありますし。

 

で、

 

話は突然変わるんですが、「ワーク・
ライフ・バランス」という言葉があっ
て、最近某政党の新総裁のそれに関し
ての発言が物議を醸しましたが。

 

まあ、その物議云々の件は別にどうで
もいい話ですが、昔からそもそもこ
ワーク・ライフ・バランスという言
葉があまり好きではなくてですね。

 

なぜ好きじゃないかというと、なんだ
「ワーク(仕事)」と「ライフ(人
生)」が別物みたいじゃないですか。
仕事は人生の一部じゃないの? と思
うわけですね。(会社勤め辞めちゃっ
た今となっては、ちょっとどうでもよ
くなってる感もありますが)

 

バランスって言われるのも、なんだか
変な気がして、仕事は辛いけどそれ以
外の生活の部分でバランスとってね、
という風にも聞こえますよね。実際そ
ういう意図なのかは別にして。

 

 

「仕事=人生」みたいな人もいますけ
どね。それはそれで危うい気がします
けども。

 

そんなことを思っていたわけですが、
そうしたら、アメリカの某大企業の元
CEO似たようなことを言っているの
を見たんですよ。

 

ア〇ゾンの創業者のジェフ・ベゾス
なんですが。

 

あるインタビューで、「ワーク・ライ
フ・バランスについてよく聞かれるん
だけど、気持ちを萎えさせる言葉で好
きじゃない。まるで2つが相容れない
ものだと言ってるみたいで」というよ
うなことを言ってたんですね。

 

ベゾスさんが言うには、「(ワークと
ライフというのは)バランスというよ
円(運動)のようなものなんだそ
うです。つまりお互い行ったり来たり
するもの、ライフが充実していれば仕
事に行ってもエネルギーが出るし、仕
事が充実していれば家に帰ってもエネ
ルギーが出るんだと。

 

 

まあ、私的にはなんかまっとうな考え
でいいんじゃないかと思ったんです
よ。異論もあるかもしれませんけど。

 

ベゾスさん、そんなわけで(?)朝食
はしっかり家で家族と取るし、自分で
皿洗いをする時間をしっかり確保して
いるんだ、なんて語っていたんですが。

 

そしたらこの人、そのわりとすぐ後に
不倫がバレて巨額の慰謝料はらって離
しちゃいました……まあ大金持ち
人生の感覚なんてそんなものかもしれ
ません。

 

で、まあそれはそういう話なんですけ
どね。別にだからアマ〇ンは素晴らし
い、買い物は何でも熱帯雨林でなんて
ことを言うつもりは別にないんですが。

 

ただ、

 

もう一つ、この「(バランスではなく
て)円運動ととらえる」というのは、
個人的にいいなーと思うわけなんです
よ。別に仕事とそれ以外の生活だけじ
ゃなくても良くて、たとえば音楽のよ
うな趣味の活動と日常生活でもいいん
じゃないでしょうかね。

 

別のところで、アラカン世代の居場所
の話をしましたが、いくつかの居場所
があって、それぞれが相互作用を生み
出していくと人生いいことがある気が
します。

 

結局、色んな相互作用が円運動のよう
に働いていて、それが折り重なってラ
イフというのが成り立つのが理想では
ないか。それが人生をかっこいい音楽
のようにグルーヴさせるのではないか、
なんてことを思ったりしております。
まじめか。

 

あなたのライフはグルーヴしてますか?

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

固くなった脳 vs. 壊れかけの(?)レイディオ

の家に古いポータブル・ラ
がありまして。

 

Bang & Olufsen というデンマーク
有名なオーディオ機器メーカーのもの
で、1960年代に作られたものだと思う
んですが。

 

といっても、親が買ったものとかそう
いうんじゃなくて、私が中古で買った
ものなんですが。昔、iPod(懐かしい
笑)で再生される音を FM トランスミ
ター古いラジオ送って聴くとい
感じだよ、なんていう今から思うと
ノビッシュな話を聞いて買ったんで
すよ。

 

 

で、そうやってしばらく楽しんでいた
んですけど、その後使ってた FM トラ
ンスミッター壊れたりして、使わな
くなっていたんですよね。

 

ある日曜日PC で作業しながら、ふ
と、ラジオってものを最近聴いてない
なあと思い、久しぶりに聴こうかと思
ったんですね。

 

最近は Radiko って仕組みがあるんで、
PC でそのサイトを立ち上げると、そ
れでラジオが聞けちゃうんですよね。
スマホのアプリもありますね。

 

プレミアム会員になると、全国のラジ
が聞けるらしいですが。まあそこま
ですることもなく、地元東京の FM
その Radiko で聴いたわけです。

 

で、思ったのは、休日の午後のんびり
と(?)ラジオを聞くのって、最近は
なかなかないんですけど、案外いいも
ではないでしょうかね(俺はそれが
趣味なんだというような人もいるとは
思いますので、そういう人は気を悪く
しないでくださいね)。

 

何がいいのかというと、普段自分じゃ
積極的に聞きにいかない音楽が、色々
流れてくるじゃないですか。その合
間にパーソナリティーの人のトーク
挟まるわけですが。

 

こういうの、ネットの配信サービス
YouTube音楽を聞くようになるまで
は当たり前だったわけですね。

 

今はなんでも AI だかなんだか知らない
ですけど、送り手側がこちらの趣味に
合わせようとしてくるわけですね。そ
してそれが面白いこともあるんですけ
ども。

 

でも、こっちの好みとかお構いなし
流れくる音楽を聞くというのも、
への激としてはなかなか良いのでは
ないか、と思ったりするわけです。世
の中には色んなの、色んな年代の、
色んなャンルの、色んなスタイル
楽があるわけですから。

 

 

音楽の好みは 30 歳過ぎたら変わらな
とかいわれますけど、あえてそんな
凝り固まった頭に、特段好みでない音
楽を聴かせてみるのもありかな、と。

 

で、

 

冒頭のラジオなんですが。じゃあこっ
ちでも聴いてみようかと思って、最近
また引っぱり出してきてつけてみたら
幸いまだ使えたんですよ。

 

それで、今もこれを書きながらつけて
んですが、ちょっと問題なのは、こ
のラジオは(昔の?)ヨーロッパ仕様
で作られたモノなので、日本の FM 放
送局の周波数帯からズレてるんですよ
ね。なので聴けない局が結構あるんで
すよ。

 

でもまあ、あまり狙いを定めずに適当
にダイヤルを合わせて、流れてきた音
楽に身をゆだねるそれもありかな、
なんて思って聴いております。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

古本屋の店先とプレイリスト?

歩してて古本屋さんに遭遇す
るとついつい覗いてしまうんで
すが。

 

会社勤めを辞めて以来、そんなことも
多くなりまして。暇な時間が増えたも
ので。

 

それにこれは別にちゃんと調べたわけ
ではないんですが、最近新しい古本屋
(なんか変な言い方ですが)さんが増
えた気がするんですよね。

 

割と店主の人が若くて、ちょっと小綺
で、センスというかこだわりという
か、そういうものを感じる古本屋さん
増えたような。気のせいですかね?

 

そんなこともあって、そういうお店や
別に古くからやってるお店でもブッ○
オフでもまあいいんですけど、見つけ
るとどうしても立ち寄ってしまうんで
すよね。

 

で、

 

古本屋さんて、たいてい店先とかに
冊100円とか200円くらいで、安く売
てるエリアがあるじゃないですか?
文庫本や新書本が多いですけどね。

 

ああいう安売りの本の中に面白そうな
ものを見つけると、ついつい1冊とか
2冊買ってしまうんですよ。なんせ1
冊100円とかなんで。

 

 

で、まあそうやって買った本を読んで
満足することもあるんですが、結構な
の本は

 

積読

 

と言われるやつになりやすいんですよ
ね。で、部屋の中で場所取ってしまう
んですが。

 

どうしても供給過剰な感じなんですが、
やめられないんですよねえ。

 

そういえば、

 

サブスクの音楽サービスとかで見つけ
何十年も昔のアルバムを後で聴こう
とか思ってどんどんプレイリスト
しておくんですけど、登録したこと
自体を忘れてしまうなんてことが結構
あるんですけど。

 

あれとちょっと似てるなあなんて思っ
たりもするんですが。

 

まあ、ヒマなんですよね。あと、年の
せいってもね……

 

て、ことで。

 

では、また ( ̄▽ ̄)

 

「○○入れが強すぎる」問題?

事に対して「思い入れ」
い人っているわけですが。

 

思い入れが強いのは別に悪いことじゃ
ないとは思いますが、「過剰に」思い
入れの強い人、仕事をものすごく愛し
ちゃってる人っていますよね。なので
頑張る、と。

 

頑張るのはいいとしても、無理をして
でも頑張るようになったりしてね。
日返上とか、深夜残業とか。

 

たまには仕方ないこともあるかもしれ
ませんが、恒常化しちゃったりとか。

 

そうなると色々と周囲とかと軋轢が生
まれたりとか、本人の私生活にも影響
が出たりとかするわけです。メンタル
やられちゃったりとかね。燃え付き
りとか。

 

思い返してみても、私のまわりにも
ういう人いましたねえ(遠い目)。今
からそういう人とまた仕事しろといわ
れてもご辞退申し上げたいですが。

 

 

まあ、今はそういう傾向のある人には
早めに警鐘を鳴らすようにマネジメン
する側も対策してるとは思いますけ
どね。絶対数も減ってるんではとは思
いますけども。

 

で、

 

そういう人間の傾向って、仕事以外
アクティビティにも現れたりするんじ
ゃないか、と思ったりもするんですよ
ね。趣味でやってることでも、音楽
か、それ以外のものでも。

 

過剰に熱心に練習したりとか、不必要
に(?)レベルを上げたいと思ったり
とか。本人が楽しくやってる分にはそ
れもいいかもしれませんが。

 

思い入れが強すぎると、いろいろ
き違いが生れたりしかねませんよね。

 

良い熱心さと、ちょっと困った熱心さ
と、なかなか線引きが難しいところも
あるとは思いますけども。仕事も趣味
も人間の活動の一部でしかない、とい
うことは忘れずにいるのが吉かと。

 

バブル時代24時間戦えますか、とか
いう広告を久しぶりに観て、そんなこ
とを考えましたとさ。

 

この CM を観て働いていた元「ビジ
スマン」のシニア男子は気をつけた方
がいいかもしれません。

 

余計なお世話かもしれませんが。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

〇望的観測?

間なにごとにもポジティブ
人もいればネガティブな人もいま
すよね。

 

どちらが良い悪いという話でもないん
ですが、ポジティブな人にありがち
のは、根拠がなくても楽観的な見通し
を持っているってことでして。いわゆ
る、

 

希望的観測

 

ってヤツですが。

 

気をつけなきゃいけないのが、そんな
ポジティブな人情熱をもって語る、
希望的観測に引っぱられると、上手く
行けばいいですが結構失敗してドツボ
にはまるなんていうリスクもあること
です。

 

なんせ根拠には乏しいですからね。

 

なんでもポジティブがいいってもんじ
ゃないよね、なんてどちらかといえば
中立ネガティブ寄りな私なんかは考え
てもしまうんですが。

 

ところで、

 

「希望的観測」の反対語って知ってま
すか? 聞いたことあります?

 

絶望的観測

 

……なんですけどね。

 

希望的観測とは真逆で、根拠があろう
がなかろうが「失敗するだろう」とか、
「上手くいかないだろう」とか、思っ
てしまうことなわけですが。

 

 

別に国際比較したいわけでもないです
が、なんか日本人に多そうですよね。
そういう人は、新しいことを思いつい
てもやらないとか、勧められても手を
出さないとか、そういうことになりが
なわけです。

 

まあ、希望的観測乗せられるよりも
リスクは少ないですが、一方で、

 

面白くない

 

ということにはなりますよね。音楽
とくに仲間とやるなんていうのには、
あまり良い方向には働かないのかなあ
とも思います。

 

なんか面白いことをやってみよう、と
いう思いというのは、音楽やるのには
やはりある程度は必要ではないか、と
思うのではありますが。

 

とはいうものの、上にも書いたように
どちらが絶対的に良い悪いというもん
もないというか、その人の生き方
すからね。

 

無理は禁物だとも思うのですよね。ま、
でも人間のそういう傾向を意識してみ
と、結果的に少し違いも生まれるの
かもしれません。

 

皆さんは、どちらの傾向が強いですか?

 

て、ことで。

 

では、また ( ̄▽ ̄)

 

無力感をわざわざ学習する私たち?

朝、一日の最初にテレビを
けてニュースを見たりしますか?

 

あるいはニュースサイトとかをネット
チェックしたりしてますか?

 

それでそこに自分の力ではどうにもな
らないような、悲惨な出来事とか生活
の脅威になるようなニュースが流れて
きたりしたら、どんな気持ちになりま
すか?

 

そんなニュースを見たり聞いたり読ん
だりした一日を過ごす気分はどん
なんもんでしょうね? ハッピーなニ
ュースを知った時と違いはあるのでし
ょうか。

 

予想は付くと思いますが、そんな研究
が世の中にはあって、そういう自分で
どうにもできないネガティブなニュー
朝知ると、一日の気分や仕事のパ
フォーマンスに影響が出るのだそうで
すよ。

 

悪い方にね。

 

なので朝一からそういうニュースに触
れるのは避けた方がいいということだ
そうで。分にも影響が出るような
ュースならどのみちすぐに知ることに
なるでしょうし。

 

こういうの、専門的には「学習的無力
感」ていうらしいんですが、まあ別に
正確な専門用語はともかく。

 

これって、人間の脳自然な働きなの
で、頑張って抵抗しようとしても無理
なんだそうで。

 

そういえば、こういう実験があって、
被験者に実は解くのが不可能な問題
2問続けてやらせると3問目簡単に
解けるような問題を出しても、問題を
解こうともしなくなる、なんてことも
あるそうで。

 

これも「学習的無力感」の例にあげら
れていたんですけどね。

 

今、YouTube とかで楽器の演奏の動画
がいっぱい上げられていて、楽器を習
うのにはいい環境だとかよく言われる
んですけど。

 

観る動画間違えて、超絶難しいこと
やってるようなモノばかり観たりする
と、それはそれでこの「無力感」を学
習することになるのでは、なんてこと
を思ったのではありました。

 

気をつけたほうがいいかも。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

ピアノに○れる大人ごころ?

前、 X(旧Twitter) を見てたら

 

「意外でした。」

 

っていうつぶやきが目に入りまして。

 

ミュージシャンの矢野顕子さんのツイ
ートだったんですが。

 

何が「意外」かというと、こんな調査
引用されていたんですね▼▼▼

 

「大人になってからやっておけばよか
った(と思う)習い事」ってことなん
ですが。つまりやっておけばよかった
んだけどやらなかった習い事ってこと
だと思うんですけど、その1位が、

 

ピアノ

 

という結果だったわけです。

 

世の中にはピアノをやっておけばよか
ったと思う(でもやらなかった)大人
がそんな多いんだ、って感じですね。

 

で、

 

まあピアノの達人の矢野顕子さんが、
意外というほどにすごく意外かという
と、いろんな意見があるかと思うんで
すが、一方でなんか納得もしてしまう
という結果ではあろうかと思います。

 

そして、その理由の1位「憧れ」
あるというね。

 

まあ、確かに小学校のとき、曲を聴い
ただけでなんとなく伴奏をピアノで弾
けてしまう同級生(たいてい女子)と
か、だと結構いろんなところで見か
けるストリート・ピアノだのをカッコ
よく弾く人とか。

 

そういうのに憧れる気持ちもわからな
いじゃないと思ったりもするわけです。

 

しかし、そんなに憧れるならやればい
いじゃん、とかなんかは思うんです
けどね。

 

本物のピアノは高いですが、ちょっと
遊ぶくらいならそこそこ使える電子ピ
アノとかキーボードとかは数万円出せ
ば買える世の中ですよね。別に矢野顕
子さんほど弾けなくてもいいじゃない
ですか。

 

それに、音楽をやるのであれば、弾き
こなすとこまでいかなくても、1台家
にあると色々役に立つと思うんですけ
どね。

 

そんな私の部屋にあるキーボード
ロナの給付金(憶えてます?)で買っ
たというのは、ちょっと内緒です(こ
らこら)

 

て、ことで。今日は背中を押してみま
した(誰の?)

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)