歌う時歌詞を見る/見ない問題と、何で見る問題

回、演奏中に譜面を見る見
問題について書きましたけど。

 

ちなみにその SNS 上の書き込みを再
度見に行ったら、色々と反論やら中傷
的なコメントがあるみたいで、「暗譜
が悪いなんて言ってない」とか、色々
やりあってるみたいでね……

 

そもそもこういうことを SNS で議論
すること自体のむなしさなんてことも
考えたりしたわけですが。それはとも
かく。

 

そういえば、元記事には譜面の他に
詞を見る見ないについても書かれてい
たのを思いだしたんでした。

 

ヴォーカリストの人にとっては確かに
「歌詞はちゃんと覚えろ」なんていわ
れる事は、楽器のプレイヤー「譜面
見るな」といわれることより多いのか
しれませんね。

 

これについても色んな意見があるわけ
ですが。としては譜面と同じ「見
ないですませられるなら、その方がセ
ッションやらライブでは有利では?」
と思うものの、100%それをやるのも
難しいよね、という考えなんですが。

 

 

で、

 

なので、譜面台に譜面や歌詞カードを
置くこと自体は何とも思わないんです
が、最近歌詞を

 

スマホで見ながら歌う

 

というのを見かけるんですよね。

 

急に何か普段歌ってない曲を歌わなけ
ればならない、という時にはスマホな
らすぐに検索もできるし、便利だとは
思うんで、そういう時はしかたない
は思うんですが。

 

さすがに自分のライブでそれをやる人
はいないと思ってたんですけど、なん
そういうライブを観てしまったこと
がありましてね……

 

かなりなレア・ケースだろうとは思う
ものの、さすがにそれはやめてくれえ
という気持ちにはなりましたね……

 

セッション歌モノやる場合なんか、
歌詞用意するのがおっくうになったり
もするんですが。でもそこでスマホ見
て歌ってもらうよりは、歌詞カードで
歌っていただく方がいいよな、と。

 

そう思って今日も週末のセッション
ために歌詞カードを準備するのではあ
りました。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

セッション中に○○を見るな?

SNS で最近読んだんですが。

 

「セッションで演奏するとき譜面を見
るなという人がいるんだそうです。

 

というか、確かにいるんだろうなとは
思いますが。

 

で、その書いてる人が言うには、そん
なのは「譜面見ないで演奏できるオレ、
エライ」というマウント行動なんだそ
うで、気にせずどんどん見たらいい、
という結論なんですけどね。

 

 

その人はセッションについての「上級
者」からのマウント良くない、セッ
ションをもっと開かれた場にしよう
という立場で書いている人なんでね。
そういう話になるわけなんですが。

 

でも、

 

そりゃ見なくてセッションできるなら
見ない方がよくない?

 

とは思うんですよね。

 

なんでかというと、譜面があると、そ
れを見ること自体に没入しやすい、と
いうことはあるわけです。気を許
すとそうなりがちなので、気をつける
ようにはしてるんですけどね。それで
たまにやらかしますが。

 

セッションというのが、何人かの(そ
の場限りではあるにせよ)共同作業
ある以上、自分以外の人との意志疎通
とかコミュニケーション必要なわけ
ですよね。目を合わせるとか、サイン
を出すとか。

 

譜面に没入してると、そういった面が
おろそかになりやすいというのはある
んですよね。

 

結局のところ、そういうのって見る・
見ないの二項対立で白黒つけるような
話じゃなくて、見てもいいけど見詰め
過ぎないようにしようとか、ケース・
バイ・ケースだよねとか、そういう話
だと思うんですけどね。

 

偉そうなヤツからのマウンティング
かを排除したいという書き手の人の
持ちはわかるんですけどね。なかなか
難しいもんです。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

ポリスが来てる!

みの日も SNS は見るわけで
すが……(そりゃそうだろう)

 

で、よく音楽関係のポストを見かける
んですが、そんな中で最近一番笑った
のがローリング・ストーンズキース
・リチャーズのエピソードなんですよ。

 

エピソードというか、まあ真偽不明の
ジョークみたいなものですが、こんな
内容でした▼▼▼

 

「楽屋のドアをノックするヤツがいた
んだよ。で、マネージャーが『キース!
ロン! ポリスが来てる!』て叫んだ
んだな。なんてこった、てわけで、あ
わてて色んな(ヤバい)モノをトイレ
に流したわけだ。で、ドアを開けたら
スチュワート・コープランドスティ
ングがいたってわけ」

 

 

キース・リチャーズもうすぐ82歳
そうで、健康上の理由今年のツアー
は中止だそうですが、復活してステー
ジに上がって欲しいですねえ。

 

ちょっと前まで、これくらい元気なと
ころを見せてたんですが↓

 

テレビのトーク・ショーで元気にギタ
ー弾いてますね。しかし、キースのギ
ター5弦までしか使わないというの
特注の5弦ギター使ってるのは有名
な話ですが、こんな5弦のガット・ギ
ターなんてのも持ってるんですねえ。
すげえな、スターって。

 

【おまけ】この前(2025年)の年末の
紅白歌合戦矢沢永吉が歌って、その
次に出たのが SixTones だったんです
が、だれかが「エーちゃんの後は本物
のストーンズ出さんかい」とつぶやい
てて、百万回くらいうなずいてしまい
ましたとさ。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

借り物が示すこと?

し前に YouTube を眺めてい
たときのことですが。

 

中国語の単語の多くが日本製、という
ちょっと

 

え?

 

と思ってしまう動画遭遇したんです
ね。

 

日本語の単語の多くが中国製、という
んならまあ当たり前というかそうだよ
と思うわけです。「漢語」っていう
モノがあるくらいですからね。でも、
その逆ってどういうこと? と思うわ
けですが。

 

どういうことかというと、近現代史
中で、中国の力が相対的に低下した
がありましたよね。アヘン戦争があ
って、日清戦争にも負けて、なんてい
う頃ですね。

 

そうすると中国内部で進んだ外国(主
に西洋)の科学や知識を取り入れない
と国が滅びるという危機意識の高まり
があったわけです。

 

そこで、ひと足早く西洋の知識を貪欲
に取り入れていた日本から、色んな
語を輸入した、ということだそうでし
て。

 

 

例えば、「社会」とか「歴史」とか、
「不動産」とか「神経」とか「分子」
とか。みんな日本人漢語式に作った
単語だそうです。

 

極め付け「共産主義」ですかね(笑)

 

文化の流入とかというのは、こんな具
合にそのときどきの国力とか国際情勢
とかに左右されるんだなあ、なんてこ
とを思いましたね。

 

音楽でいえば、の(明治時代とかの
ではなく)「演歌」というのは、日本
的な情緒を歌ってはいるものの、音楽
としては西洋音楽がベースだよね、な
んてのと似てるかなあ、なんて思いま
したね。

 

え? 別に毎回音楽にこじつけなくて
もいい?

 

ま、お約束なんで……

 

私の観た動画にご興味があるようで
したら、こちらです。日本語から中国
語に取り入れられた言葉についての
による解説、という、なかなか屈折
した動画ですが▼▼▼

 

て、ことで。

 

それでは、また。 ( ̄▽ ̄)

 

森のくまさん国際比較?

近話題の動物言えば、やはり
ですよね。

 

「森のくまさん」というがあります
が、あれってもともとアメリカの曲
んですね。なんか私、日本の曲だと思
い込んでいたんですけど(日本に入っ
てきたのは1960年代終わりから70年代
初め頃みたいです)。

 

まあ子ども向けの歌というのは変わら
ないようですけどね。サマー・キャン
とかで掛け合いでみんなで歌う曲の
ようです。

 

で、さがして聴いてみたんですが。バ
リエーションはあるようですが、だい
たいこんな感じみたいです▼▼▼

 

で、

 

日本語のバージョンでは、くまさんは
なんか優しいくまさんで、追っかけて
きて、忘れ物(落とし物)を返してく
れたりするんですよね。

 

でも、元の英語のバージョンではそん
友好的な感じはなくて、歌い手は木
の枝に飛びついてなんとか追ってくる
くまから逃れて助かった、なんてこと
になっているわけです。

 

 

童謡だからということもあるんでしょ
うけど、1970年ごろの日本ではそれほ
ど熊のことを恐怖に思っていなかった
のではないか。対して、現地(?)ア
リカの田舎ではそれなりに現実的な
怖として熊との遭遇があったのだろ
あ、なんて思ったりしました。

 

今の日本にも、元々の英語のバージョ
ンのような歌詞が必要なのかも、なん
て思ったりして。

 

★そういえば、こんなバージョンもあ
りました。カナダのロック・バンド、
ベアネイキッド・レディーズが(子ど
も向けに)演奏しています▼▼▼

 

て、ことで。

 

それでは、また。 ( ̄▽ ̄)

 

 

石と紙最強説?

ッションとかしょっちゅう
やってると貯まっていくのが、

 

譜面

 

なんですけど。

 

この譜面、今は作成ソフトフリー
ものがあったりして、手書きの頃から
比べれば作るのもだいぶ楽に早くでき
ようにはなったんですが。

 

最近考えるのは、その保存の問題なん
ですね。まあ別に譜面のデータに限っ
た話でもないんですが、たまたま私が
今作って保存してるデータのほとんど
が譜面データなもので……

 

アプリを使って作れば、それはデジタ
ルなデータになるわけですが、デジタ
ルなデータの保存って、実は永続性が
とても危ういんですよね。

 

フロッピー・ディスクなんてもの
に保存してました(もちろんそれ以前
の保存方法があったのも知ってますが
まあ普通の人の使っていた形としてね)
が、今やそんなものを使ってる人はご
く少数ですし。

 

それがハード・ディスクとか Zip ディ
スク(わー懐かしい)とかに変わり、
あるいは CD-R とかね、メモリスティ
ックとか……

 

色々変わってきたわけですが、逆にい
えば永続的に使えるような形にはなっ
ていないんですよね。もう昔のフロッ
ピーを読める環境を持つ人も少ないで
すし。Zip なんて忘れ去られてますし。

 

そして、そもそも物理的なメディア自
体の強度という面でも、デジタルのメ
ディアってとても脆弱なわけですよ。
知らないうちにダメになっていたりし
かねませんからね。

 

クラウドだって、クラウドっていうく
らいで雲をつかむような話だし(典型
文系的発言?)。

 

 

そう考えると、昔の記録メディア、と
くにとか(そこまでいくか?)とか
(特に和紙はスゴイ)とかは何百年
とか下手すれば何千年か前のものでも
残っていたりしますからね。

 

今求められているのは AI ではなく、
21世紀の石(あるいは和紙)のような
メディアではないか。なんて思ったり
しながら譜面作りをしております。

 

大げさか!

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

こちらが今日のブログになります?

く、言葉遣いの乱れ(?)と
して指摘されるのに「〜になりま
す」とのがありますね。

 

特に飲食業(ファミレス)とかコンビ
とかで聞かれることが多いともいわ
れますが、今はもういろんなところで
聞かれるように思いますね。

 

こちらがメニューになりますとか、
ご注文のハンバーグになりますとか。

 

ビジネスの世界でも、クライアント
「こちらが今日の資料になります」
か言ったりしますよね。

 

〜になる、というのは何かが変化する
結果をあらわす時(季節が夏にな
。この本は仕事の参考になる)に使
うのが正しい用法なので、上に書いた
ような言い方は間違い、なんてよくい
われるんですが。

 

でも、

 

あの NHK放送文化研究所の人が書い
ていたんですが、そこに謙遜する気持
ちを込めて使う場合もあるので、一概
に否定すべきでもない、というような
ことだそうで。

 

たとえば、上の例で言うと(「資料」
というほど立派かどうか怪しいところ
もありますが)今日のところの資料は
こちらになります、的な気持ちを込め
ているというようなことですね。

 

 

そんなところから始まって、だんだん
そういう言い方が謙遜した丁寧な言い
方として普及したということでしょう
かね。陰影がある(ような気になる
というかね。

 

音楽でも3コードでパキッとした曲ば
かりじゃ面白くなくて、色々マイナー
コードとかテンションとか入れて変化
とかニュアンスをつけたくなるのと同
じですかね。

 

ま、あまりロックな感じではないかも
しれないですが。

 

て、ことで。

 

では、また  ( ̄▽ ̄)

 

昔のことを思い出したいけど、思い出させられたくない?

部の SNS で何年か前のあな
たはこうでしたとか、こんなこと
してましたとか出してくるじゃな
いですか。写真付きとかで。

 

写真付きなのは、自分がその時写真を
出しているせいなわけではありますが。

 

何でこっちが頼んでもいないのに、ほ
れほれ懐かしいでしょ? とかいって
出してくるんですかね?

 

あれ、結構苦手なんですよね。正直
言って見たくないんですが。

 

 

でもそれが楽しいとか嬉しいとか思う
人もいるわけで。そんな人のことをど
うこう言いたいわけではありませんが。
そういう人が多いのでそういう機能が
あるんでしょうし(そうなのか?)

 

人によってこういう感覚って違うんだ
ようなあと思うだけなんですけど。

 

だって昔のことを思いだしたくない
といつも思っているわけではないので
して。昔の音楽ってこうだったとか、
こんなことがあったよねとか、人に
したり語り合ったりするのも嫌いでは
ないんですが。

 

場合によってはリサーチ(というほど
大げさなもんじゃないですが)したり
もするわけですけどね。

 

なんか SNS の側からほれほれとか差
し出されるのがなんかイヤなんですよ
ねえ。知りたい時には聞くから黙って
て欲しいんだけど、なんて思ってしま
面倒くさい自分がいるのですねえ。

 

そういう面倒くさいことを思う自分も
どうか?とか反省したりして。そんな
気分になるのがそもそもいやなんで。

 

放っておいて欲しいんですけど、あの
機能オフに出来ないんですかね?

 

……て、ことで。

 

では、また  ( ̄▽ ̄)

 

死んでる?生きてる?がわからない

年(2025年)も色々な有名ミ
ュージシャンが亡くなったわけで
すが。

 

ときどき、

 

あれ? ○○○○(ミュージシャンの
名前)って、もう亡くなってたっけ?
え、まだ生きてる?

 

なんてことになりませんか?

 

ぶっちゃけ私はなります。ひとりで悩
んでる分にはいいんですが、人前で
違えて笑われたり相手の気分を害した
りするのもいやですよね。

 

混乱しているこっちの年のせいってこ
とはもちろんあるわけですけどね。そ
れに、生きていたってもう活動してな
いミュージシャンだっているわけです
し。

 

生きている「推し」のミュージシャン
にしか関心のない若者にくらべれば、
乱の対象が多いというのもあるわけ
ですしね。

 

そして、

 

最近ありがちなのは、有名なミュージ
シャン昔の映像とかが沢山残ってい
、それを目にする機会も以前より増
えているわけですね。動画サイトにも
ありますし、最近は TV でもよく流れ
ますよね。

 

人によっては、(例えば坂本龍一さん
みたいに)亡くなった後回顧展やら
があったり新たな映像作品が出来たり
とかね。そして今は AI とかの力を使
って復活とか……

 

 

生身の人間としての人生は終わっても、
まだ続きがあるみたいなね。

 

それは一体幸せなことなのか? とか
考えさせられるところではあります。

 

ビジネスってことなんでしょうけど。

 

て、ことで。

 

では、また。( ̄▽ ̄)