グルーヴィーな「第3の居場所」を見つけるための、あれやこれや
小室哲哉さんが、引退を表明
されましたね。
もちろんみなさん御存じのことでしょ
うが、不倫疑惑報道があったり、介護
の問題、自身の体調の問題、等々、引
退会見でかなり赤裸々に語っています
よね。
そしてこの引退表明に関して、ご承知
のとおり、多くの人が色々なことを語
っています。引退を惜しむ声はもちろ
ん、この会見のきっかけとなったとい
われる「文春砲」への怒りとか。
そして、実はこの引退が今日本の音楽
業界で起きている大きな地殻変動の現
れである、という意見もあります。お
そらく、それ、間違っていないだろう
と私も思います。
さらには音楽業界にとどまらない、社
会的な潮流の現れともとれますね。そ
もそもカリスマの生きにくい時代にな
ったというか…。
で、
一方、私がこの引退会見の報道を読ん
で、何を思ったかというとですね、
TKもアラカンなんだな
…ということです。今年還暦なんです
ねえ。これまでTKの年齢を意識した
ことなんてなかったんですが…。引退
会見でも、「介護との両立の限界を感
じたのは(昨年の)8月ぐらい。(中
略)来年は一般的な定年かなと思った」
なんて発言をしています。
もちろん音楽プロデューサーという職
業には、普通のサラリーマンとは違っ
て決められた定年があるわけではない
のですが、それでもやはり、アラカン
的な悩みや、ライフサイクルから来る
状況とは無縁ではないのですねえ。当
たり前といえば当たり前ですが。
最近多い、熟年結婚する有名人女性の
ことも話題になってますが、そんな話
との対比も含めて、ちょっと感慨にひ
たってしまいました。
て、ことで。
それでは、また。( ̄▽ ̄)
アラカンとかいわれるような
歳になると、そりゃまあたいて
いの人は10代の若者よりはいろ
んな経験を積んでいるわけです
よね。
で、まあ経験があるということは、そ
の経験をベースに色んな知識やらノウ
ハウをため込んでいるわけです。それ
によって、様々な事態に日々対処して
いるわけですよね。
それはそれで、基本的には良いことな
わけですが。気をつけなければいけな
いのはですね、何かを新たに学ぼうと
するときに、その妨げになりかねない
ということなんでして。
「人は自分が知っていると思うことを
学ぶことはできない」
…といったのは、
古代ギリシャの哲学者のエピクテトス
何かを学ぼうという時に「あ、それ知
ってる知ってる」という態度で臨むと
本当に学ぶことはできない、というこ
とですね。もちろんそんな態度の人は
年齢にかかわらずいるとは思いますが、
歳をとるとどうしてもそういった傾向
が出やすくなる危険が増大すると思い
ませんか?
そして、これ、人がそんな態度を取る
とすぐに気がつくんですけど、自分が
そうなってるのはなかなか気付きにく
いんですよね…。
気をつけましょうね。ま、自戒も込め
て書いておりますが。
て、ことで。
それでは、また。( ̄▽ ̄)
この前ある経済雑誌の記事を
読んでたのですが、なんでも、
最近は「忙しい」ということが
ステータス・シンボルだという
研究があるそうです。
研究自体はアメリカの人を対象にした
ものらしいのですが、余暇(レジャー)
を楽しむこと、そしてそれを「見せび
らかすこと」がステータスだった時代
は過去のもので、今は忙しさを見せび
らかすことがステータス・シンボルな
んだそうです。
言われてみれば「有閑階級」なんて言
葉は最近聞きませんよねえ(そういえ
ば「有閑階級」てのは英語の leisure
class の訳語ですね)。アメリカ人に
とっては、今や忙しさを誇示するのは
「信仰」に近いものがあるようでSNS
などで忙しさ自慢するのはそのためな
んだとか。
その研究を紹介した雑誌の記事によれ
ばヨーロッパでは、まだまだ余暇を重
視する傾向は強いけれど、日本人はア
メリカ人に近いんじゃないか、という
ことでして。確かに仕事で忙しいとい
う人があまり恥ずかしそうにしてるの
は見ませんよね。
しかし……
そんな忙しさ「信仰」があるとして、
その一方、今その信仰を揺るがしてい
る大きな要素が2つあるんじゃないか
と思うんですよね。
その2つというのは、1つめがいわゆ
る「働き方改革」という奴で、もう1
つが超高齢社会の中で生み出される大
量の定年退職者なんですが。
「働き方改革」の問題は、ここ最近頻
繁に目にする話題ですよね。一方われ
われアラカンとしては、とくに後者の
問題はまさに自分ごとですね。忙しさ
「信仰」がありながら、こうした要因
で(とくに定年組は)多くの「余暇」
を手にしてしまうという、皮肉な状況
が生まれているわけです。
「『忙しさ』に代わる新たな価値創出」
が求められるのでは、なんてその記事
には書かれていたのですが、
音楽やってガッツリグルーブする
なんてのは、どうですかね(笑)?
て、ことで。
それでは、また。( ̄▽ ̄)
私、いつもJR東日本の中央線
快速を利用しているんですが…。
よく遅れるんですよね、いやほ
んとに。(2021年の追記:コ
ロナ以来利用頻度は極端に減り
ましたが)
中央線快速って、東京駅を起点として、
西は大月とか河口湖とかまで行ってい
たり、青梅線と直通運転したりしてた
りと、長い距離を走るんですよね。な
ので、
何かあると遅延しやすい
という路線なんです、昔から。
先日も朝、中央線に乗ってたら、車掌
さんが、
「本日も遅れて申し訳ありません」
…というアナウンスをしてました。ま、
正直だなとは思いましたけどね(苦笑)
出張で新幹線に乗り継ぐ予定があった
ので、ちょっと焦りました。
で、また別の日には青梅線内で「列車
がシカに衝突したため」遅延して、ツ
イッターのトレンドに上がってきてま
した ( ̄▽ ̄;これも、まあ今の季節
ときどき起きるんですけどね…。
そういうニュースを聞くと、自分が大
きな自然の一部だと感じませんか?え、
大げさ?
ま、大げさに言ってるんですけどね。
日ごろ、SNS とか Web だとかに没
入して過ごしがちな生活を送っている
身としては、自分の身体を基準とした
世の中のスケール感を時々意識的に見
直すことも必要かなと思ったんですよ。
音楽を聴くのも、最近はどうしてもス
マホなどでイヤフォンを通して聴くこ
とが多くなりがちですよね。でも、実
際に演奏したりする場所、例えばセッ
ションなどでのスタジオとか、もっと
大きなライブハウスやホールなどでの
空間の音の広がりは、また違うわけで
す。
そんな、自分の身体よりも大きな空間
だったり、物理的な距離の感覚を、時
には意識してインプットすることをし
てみよう。そんなことを往復6時間半
以上かけて久しぶりに新幹線で日帰り
出張したときに考えたのではありまし
た(2021年の追記:出張とかいう言
葉が懐しい)。
て、ことで。
それでは、また。( ̄▽ ̄)
size: 12pt;”>