以前、子供が小学生のころ、
学校の文化祭に行った時の話で
すが。会場で、親たちは生徒た
ちの作品が展示してあるのを見
ていたんですね。
面白いなと思ったのは、最近(といっ
ても5年くらい前ですが)の生徒たち
は展示を見ている大人をその場で捕ま
えて、自分の作品について説明をする
ようになっているんですね。作品の狙
いはこんなことで、そのためにこうい
う工夫をして、こんなことで苦労した、
とかなんとか。
つまり、自分の作品についての「プレ
ゼンテーション」をするんですよね。
で、まあ、聴いてる大人もへえ、とか
ほお、とかいってるわけです。時には
ちょっと質問なんかしたりして。
今は義務教育のころから「プレゼンテ
ーション」するということが日常化し
てるんでしょう。昔(ってつまり私た
ちが子供のころ)とはだいぶ違うんで
すよね、きっと。
で、
音楽を演奏する時も、実はそんなプレ
ゼンテーション的な意識が大事なんじ
ゃないですかね。とくにアドリブ・ソ
ロなどを弾くときには。
もちろん、別に自分の演奏についてあ
れこれスライドを作って説明するとか
いうことではありません。ですが、自
分の意図がどういうことで、どんなこ
とを表現したいのか、だからこんな音
を使うとかこんな弾き方をするんだ、
とか。そんなことを聴き手や他のプレ
イヤーたちに伝わるように演奏するこ
とが大切だと思うのですね。
そして、実はもっと大事なのは、その
自分の意図に対して、どんな反応が返
ってくるのか、それに対してまたどう
返していくのか、それを常に意識しな
がら演奏することだと思うのです。自
分の意図が十分に伝わることばかりじ
ゃないですからね。
そういった意味では、ジャムセッショ
ンなどでのアドリブのやりとりという
のは、大人数を相手にしたプレゼンテ
ーションというよりは、数人の聞き手
を相手にしたごく近場で話をするプレ
ゼンに近いのかな、と思うんですね。
ンなどでのアドリブのやりとりという
のは、大人数を相手にしたプレゼンテ
ーションというよりは、数人の聞き手
を相手にしたごく近場で話をするプレ
ゼンに近いのかな、と思うんですね。
大聴衆を前にしたプレゼンテーション
というのは、かなりの部分、仕込まれ
た(練習した)モノを出すのが主にな
ります。一方、少人数へのプレゼンテ
ーションは、がちがちに仕込まれたも
のよりは、その場の反応が大事になり
ますよね。
というのは、かなりの部分、仕込まれ
た(練習した)モノを出すのが主にな
ります。一方、少人数へのプレゼンテ
ーションは、がちがちに仕込まれたも
のよりは、その場の反応が大事になり
ますよね。
逆にいえば、学校の文化祭でのプレゼ
ンなんていうのは、ジャムセッション
的といえるのかもしれない……なんて
ンなんていうのは、ジャムセッション
的といえるのかもしれない……なんて
思ったりしております。まあ、受ける
側もちゃんと反応してあげないと、成
り立たない話ではありますけどね。
て、ことで。
では、また ( ̄▽ ̄)
“自分の音(ソロ)を「プレゼンテーション」する?” への1件の返信