名前の問題?

の家の近所の「ロッテリア」
がつい最近「ゼッテリア」になっ
たんですよね。

 

運営会社が新しいところに買収されて
早い話が親会社が替わったのでそうな
ったらしいんですけどね。

 

ロッテリアくらい古くからある名前
別に変えなくてもよくない?なん
かは思うんですけどね。だいいちなん
かあまり響きがよろしくない気がする
んですけど。ゼッテリアって(個人の
感想です)。

 

でも、もうすぐ全店舗新しい名前にな
ってしまうんだそうです。

 

で、

 

名前といえば、私が仲間浅沼さん
いうベーシストといつも開催している
アラカンセッションというのがあるん
ですけど。これがもうスタートしてか
ら10年経とうとしてるんですよね。

 

始めた頃もちょうど還暦ちょっと
手前で、アラカンセッションというの
名は体を表すというか、まあそれで
いいかなと思って始めたんですけど。

 

 

10 年経つと 60 代終わりにさしか
かってきていて、浅沼さん還暦過ぎ
てるんですよね。それでいつまでもア
ラカンセッションでいいのか?なんて
いう疑問も湧いてくるわけなんですが。

 

でもまあ、なんか原則 50 歳を過ぎた
人たちが(それも絶対的なしばりとい
うことでもなく)ゆるゆる集まって、
やりたい曲をゆるゆるセッションする
それがアラカンセッションである
定義してしまって、今まで通り名前
を変えることもなく続けていこう、な
んてことにしてしまいました。

 

名前変えるにもいい名前思いつかない
しね。

 

て、ことで。

 

では、また。( ̄▽ ̄)

 

タ○ミーおじさんの楽しみ?

近比較的よく読むものに、

 

タイミーバイト

 

についてのネットの記事なんてのがあ
りまして。

 

スキマバイトともいいますが、例のア
プリを利用したスキマ時間バイト募
集/応募サービスが有名なんで、よく
そう呼ばれるわけですね。

 

で、さらにそれを利用して働く人たち
がその経験を色々書いてネットの記事
とか SNS 投稿とかにしたりしてまし
て、まあやじ馬的にほうほうとか言っ
て読んだりしてるわけです。

 

最近見たのはタイミーでバイトもして
40代ライターというの人の連載記事
ですが、働いてみて感じた牛丼チェー
ンの比較とか、某テレビ局の社員食堂
の昼食時の修羅場(?)とか、色々な
職場についての一断面ではあるものの
様子が垣間見られて興味を惹かれる
ですよね。

 

 

普段はサービスを享受する側として接
しているお店なんかに、サービスを提
供する側として入るという視点の切り
替えという点でも面白いな、と思いま
すし。

 

バイトの体験談とか裏話とか、昔から
色々あるとは思うんですが、今はそれ
1回ほんの数時間で、いくつもの職
場で仕入れることが簡単にできるんで
すよね。その分ライトな観察しかでき
ないかもしれませんけど。

 

バイトを雇う方便利反面いろいろ
気を使わないとネガティブなこと書か
れたりしそうで、ご苦労様なことだな
あとか思うのではあります。

 

そんなこんなを読んでるとタイミーバ
イト一度やってみようかななんて思っ
たりもするんですが。

 

でもセッションしてるほうが楽しい
ろうしなあ(どういう比較なんだか)
……まあいいか。なんてどこかのマン
ガみたいなことをつぶやいております
(その件についてはまた後日)。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

冬眠あるいはコールド・スリープ義務化の可能性について(そんなものはない)

暖化とかいわれますけど、そ
れでも冬は寒い日が多いわけで。

 

そうすると、やはり人間あまり活動的
な気分にはなりにくいですよね。

 

若い人は違うかもしれないし、ウィン
ター・スポーツ大好き派の人もいるの
で、人それぞれなんでしょうけど。私
の知りあいにも毎週のようにスキー/
スノボに行くっていう人も何人かいま
すね、そういえば。

 

ともあれ、とはいうものの私みたいに
冬は活動が鈍りやすい人もいるという
のは間違いないと思うんですよ。

 

冬季うつなんて症状もあるらしいです
からね。いわゆるうつ症状似てる
違い(食欲が増す、いくらでも寝ら
れる、など)もあって、春になると改
するというから、やはり冬のもの
んでしょう。

 

外に出て日に当たるセロトニンが出
改善するらしいんですけどね。その
外に出るというのがおっくうなんだよ
寒いから……なんていう循環になるわ
けでね。

 

私なんかも PC の前でこんなこと書い
たりとか、セッション用の譜面とか
ってるうちに一日が終わってるなんて
こともときどきあります。

 

なるべく時間で区切って外に出るのを
ルーチン化するというのがいいのかも
しれませんが、外に出ても寒いもんで
すぐに喫茶店とかカフェとかに入って
本を読んでるうちに外は暗くなってた
してね。

 

 

こないだの森のくまさんじゃないです
が、いっそみんな冬眠することに決め
ちゃえばいいのに人間も、とか考え
ちゃいますな。あるいはパ○ュームみ
たいにールド・スリープとか。

 

もっとも最近は熊の方が冬眠しなくな
ってるという話もあるそうですが……
(とりとめなくてすみません)

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

歌う時歌詞を見る/見ない問題と、何で見る問題

回、演奏中に譜面を見る見
問題について書きましたけど。

 

ちなみにその SNS 上の書き込みを再
度見に行ったら、色々と反論やら中傷
的なコメントがあるみたいで、「暗譜
が悪いなんて言ってない」とか、色々
やりあってるみたいでね……

 

そもそもこういうことを SNS で議論
すること自体のむなしさなんてことも
考えたりしたわけですが。それはとも
かく。

 

そういえば、元記事には譜面の他に
詞を見る見ないについても書かれてい
たのを思いだしたんでした。

 

ヴォーカリストの人にとっては確かに
「歌詞はちゃんと覚えろ」なんていわ
れる事は、楽器のプレイヤー「譜面
見るな」といわれることより多いのか
しれませんね。

 

これについても色んな意見があるわけ
ですが。としては譜面と同じ「見
ないですませられるなら、その方がセ
ッションやらライブでは有利では?」
と思うものの、100%それをやるのも
難しいよね、という考えなんですが。

 

 

で、

 

なので、譜面台に譜面や歌詞カードを
置くこと自体は何とも思わないんです
が、最近歌詞を

 

スマホで見ながら歌う

 

というのを見かけるんですよね。

 

急に何か普段歌ってない曲を歌わなけ
ればならない、という時にはスマホな
らすぐに検索もできるし、便利だとは
思うんで、そういう時はしかたない
は思うんですが。

 

さすがに自分のライブでそれをやる人
はいないと思ってたんですけど、なん
そういうライブを観てしまったこと
がありましてね……

 

かなりなレア・ケースだろうとは思う
ものの、さすがにそれはやめてくれえ
という気持ちにはなりましたね……

 

セッション歌モノやる場合なんか、
歌詞用意するのがおっくうになったり
もするんですが。でもそこでスマホ見
て歌ってもらうよりは、歌詞カードで
歌っていただく方がいいよな、と。

 

そう思って今日も週末のセッション
ために歌詞カードを準備するのではあ
りました。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

セッション中に○○を見るな?

SNS で最近読んだんですが。

 

「セッションで演奏するとき譜面を見
るなという人がいるんだそうです。

 

というか、確かにいるんだろうなとは
思いますが。

 

で、その書いてる人が言うには、そん
なのは「譜面見ないで演奏できるオレ、
エライ」というマウント行動なんだそ
うで、気にせずどんどん見たらいい、
という結論なんですけどね。

 

 

その人はセッションについての「上級
者」からのマウント良くない、セッ
ションをもっと開かれた場にしよう
という立場で書いている人なんでね。
そういう話になるわけなんですが。

 

でも、

 

そりゃ見なくてセッションできるなら
見ない方がよくない?

 

とは思うんですよね。

 

なんでかというと、譜面があると、そ
れを見ること自体に没入しやすい、と
いうことはあるわけです。気を許
すとそうなりがちなので、気をつける
ようにはしてるんですけどね。それで
たまにやらかしますが。

 

セッションというのが、何人かの(そ
の場限りではあるにせよ)共同作業
ある以上、自分以外の人との意志疎通
とかコミュニケーション必要なわけ
ですよね。目を合わせるとか、サイン
を出すとか。

 

譜面に没入してると、そういった面が
おろそかになりやすいというのはある
んですよね。

 

結局のところ、そういうのって見る・
見ないの二項対立で白黒つけるような
話じゃなくて、見てもいいけど見詰め
過ぎないようにしようとか、ケース・
バイ・ケースだよねとか、そういう話
だと思うんですけどね。

 

偉そうなヤツからのマウンティング
かを排除したいという書き手の人の
持ちはわかるんですけどね。なかなか
難しいもんです。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

石と紙最強説?

ッションとかしょっちゅう
やってると貯まっていくのが、

 

譜面

 

なんですけど。

 

この譜面、今は作成ソフトフリー
ものがあったりして、手書きの頃から
比べれば作るのもだいぶ楽に早くでき
ようにはなったんですが。

 

最近考えるのは、その保存の問題なん
ですね。まあ別に譜面のデータに限っ
た話でもないんですが、たまたま私が
今作って保存してるデータのほとんど
が譜面データなもので……

 

アプリを使って作れば、それはデジタ
ルなデータになるわけですが、デジタ
ルなデータの保存って、実は永続性が
とても危ういんですよね。

 

フロッピー・ディスクなんてもの
に保存してました(もちろんそれ以前
の保存方法があったのも知ってますが
まあ普通の人の使っていた形としてね)
が、今やそんなものを使ってる人はご
く少数ですし。

 

それがハード・ディスクとか Zip ディ
スク(わー懐かしい)とかに変わり、
あるいは CD-R とかね、メモリスティ
ックとか……

 

色々変わってきたわけですが、逆にい
えば永続的に使えるような形にはなっ
ていないんですよね。もう昔のフロッ
ピーを読める環境を持つ人も少ないで
すし。Zip なんて忘れ去られてますし。

 

そして、そもそも物理的なメディア自
体の強度という面でも、デジタルのメ
ディアってとても脆弱なわけですよ。
知らないうちにダメになっていたりし
かねませんからね。

 

クラウドだって、クラウドっていうく
らいで雲をつかむような話だし(典型
文系的発言?)。

 

 

そう考えると、昔の記録メディア、と
くにとか(そこまでいくか?)とか
(特に和紙はスゴイ)とかは何百年
とか下手すれば何千年か前のものでも
残っていたりしますからね。

 

今求められているのは AI ではなく、
21世紀の石(あるいは和紙)のような
メディアではないか。なんて思ったり
しながら譜面作りをしております。

 

大げさか!

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

家事とかゲームとか脳の機能とか

くらいの歳になると、身体だ
ったり脳の機能が落ちないように
気をつけないと、というプレッシ
ャー(?)にさらされるようにな
るわけでして。

 

プレッシャーというのも変かもしれま
せんが、そんな情報が向こうからやっ
て来る感じというか。わかる人にはわ
かるんじゃないかと思うんですが。

 

昨日もこんなネットの記事「やって
来た」んですが▼▼▼

 

日常の「家事」というものが実は脳の
健康に大きく関わっている(かも?)
という話ですね。認知症を防ぐために
男女関係なくやった方が良いのでは?
ということで。

 

家事かあ、まあ料理とかは好きだけど
なあ。掃除とかは苦手だなあとか。そ
ういうより好みは良くないのかなあ、
とか、読みながら色々思うわけです。

 

 

他にも脳を鍛えるにはゲーム(といっ
ても卓上でやる麻雀とかそのテのゲー
ム)がいいとか、そんな記事も見まし
た。まあ、色々目に入ってくるんでし
て。

 

こういうの、素直にああそうかといっ
受け入れるか、てやんでえといって
遠ざけるか。人それぞれかもしれませ
んが、多分素直な人の方が幸せな老後
が来るのかもしれないなあ……でも、
なかなか素直になれない年ごろなんだ
よなあ……

 

なんてことをとりとめもなく思って読
んでいたんですが。

 

で、そういえば、われわれ(誰?)に
脳の機能を保ってくれる強い味方と
して音楽があったのではないか、と思
って気を取り直して、週末のセッショ
ンの準備をしたりしております。

 

それで(それだけで)いいのか? と
思わないでもないですが。

 

て、ことで。

 

それでは、また。 ( ̄▽ ̄)

 

 

困った人に敏感? 鈍感?

の中にはグループとかコミュ
ニティの中で「困った人」になっ
てしまう人がいますね。トラブル
メイカーというか。

 

程度問題なところもあるので、困った
人とそれ以外という風にきっぱり分け
られないところもあるわけですが。

 

ともあれ、そういう人がいるとコミュ
ニティグループ雰囲気が悪くなっ
たり、色々支障が生まれたりするわけ
ですね。最悪の場合にはコミュニティ
崩壊なんてことになったりして。

 

で、

 

そういう人がコミュニティに入ってく
るときに、あ、この人はヤバそうだな
とか、気をつけなきゃとかすぐに感知
できれば、前もって対策を考えたりも
できるんですが。

 

最近思うのは、私個人の問題として、

 

そういう困った人に対する脇が甘い

 

よなあ、と反省したりしているという
ことなんですね。最近思ってる時点で
遅えよと自己ツッコミを入れたりもす
るわけですが。

 

まあともかく、早い話そういうことに
鈍感、ということですね。

 

一方で、そういう人の見極めのすごく
早い人、困った人に敏感な人もいて、
「あの人気をつけた方がいいよ」とア
ドバイスしてくれたりするわけです。

 

 

それで、私なんかは、え? そうなの
か? 気をつけようなんてようやく思
ようなわけで。

 

そうかなあ、考えすぎじゃないの?
なんて思ってると、グループ内でモメ
出したりして、その修復にえらく手が
かかったりして、痛い目にあうなんて
こともあるんですよねえ。

 

なので、そんな困った人に敏感になる
ように感性を磨かないとなんて思いつ
つ、この年になると今さらそれも難し
よなあ、とも思うわけで。

 

結論としては、そういう警告とかアド
バイスをしてくれる人感謝して大事
にしようと思う、ということになる今
日この頃でございます(何かあったの
か?)

 

てことで。

 

では、また  ( ̄▽ ̄)

 

★直近でなにかあった訳ではありませ
ん(老婆心)

 

選ぶ人、選ばれる人、見てる人

の中は日本初の女性の総理大
臣が誕生する流れになってますね。

 

まあ少数与党なので、紆余曲折がある
かもしれませんが(追記:色々ありま
したが、結局誕生しましたね)

 

で、そうなると世の中次の内閣はど
うなるとか党の主要役職には誰がなる
とか、

 

人事

 

について色々と情報が流れてくるんで
すよね。それもいっぺんに来るんじゃ
なくて、ちょっとずつ。

 

別に最終的な結果だけ発表されればい
いんじゃないと思うんですが、なんか
好きですよね、みんな小出しにして
あれこれ言うのが。

 

なんかドラマを感じたいんですかね。
裏話とか「これはこういうことでこう
なった」とかそんな解説を聞いてね。
別に自分とは関係ないのにね。

 

そういう、選考過程とかをちょっとず
つ追ったり、その裏話を話したり聞い
たりするのが好まれるのは、にもあ
って。たとえば、野球のドラフトとか
そんなところありますね。

 

 

母と子の二人三脚的なストーリーとか
よく見ますね。

 

そういうサイド・ストーリーとかお好
きですか? 私は面白いと思うことも
たまにはあるけど、毎回それで埋め尽
くされるのはどうもね、という方です
かね。

 

アイドル・グループのメンバーのオー
ディションなんてのも、最近は何次に
も分かれて、その度放送とか配信
かで流れたりしますよね。

 

途中で落選した子が、別のグループ
入って活躍するとか、そんな副次的
ストーリーまで生まれたりして。

 

そんなのを脇目で見ながら、別に結果
だけわかればいいや、なんて言ってる
私みたいな人間は、まあそもそも相手
にされないんでしょうが……しかしそ
ういうって気のせいか秋に多い気が
しますね。エモい季節だからかな。

 

て、ことで。

 

それでは、また( ̄▽ ̄)

 

眠らない自信はない?

ーッとする界隈(?)の話
続きなんですが(またかい)

 

ボーッとしてると叱られるという現代
で、よくやり玉に上げられるのが、
とか地方の議会とかで、

 

眠ってる

 

というやつですよね。

 

議員がそういう議会の場で眠っている
と、色々批判される、というやつです
ね。だいたい寝てるのはおじさんだっ
たりしますが。批判する側は、寝てる
人の所属の会派に対抗する立場になる
わけですね、たいていの場合。

 

まあ、それでそんな奴は議員の資格は
ないとか、辞めちまえとか言われるわ
けですよね。

 

まあ、褒められた話じゃないのは分か
りますが、しかし……

 

あれって、自分その立場(寝てる人
なんで立場ってのも変ですが)になる
ことを想像した場合、私なんか

 

眠らない自信はない

 

ですねえ。特に昼下がりとか……

 

 

長時間座って人の話を聞いてると、
いたい眠くなるもんじゃないですか。
学校の面白くない授業とか、会社で社
員集められて訓示を聴かされるときだ
って、寝ちゃいません? え、そんな
ことない?

 

ま、人それぞれかもしれませんが。

 

もう少し寛容でもいいんじゃないか
思うんですけどね。

 

アラカンセッション寝てる人がいた
ら、寝かせておいてあげると思うんで
すよね……きっと……いやたぶんね…
…ま、どうかな?

 

おやすみなさい(オイ)

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

言葉に出来ない?

かについてうまく言葉で表現
できるとうれしくなりません?

 

たとえば、友人と会話したりしていて、
その場の話題について「それって○○
だよねー」なんて言ったら、その○○
のところに相手が良い反応笑ってく
れるとか、深くうなずくとか)してく
れたりした時とかですけど。

 

成功体験としてポジティブに残ると思
うんですが(おおげさにいえばね)。
でもとはいえ、そんなにうまくいくこ
とばかりじゃなくて、逆にうまく言葉
にできないことだってやはりあるわけ
です。

 

人間、上手くいったときの経験ポジ
ティブに感じ過ぎると、逆に上手くい
かないときネガティブな感情を強く
感じたりすることもあるわけで。

 

 

心の持ちようというか、バランスのと
り方というのは難しいものですよね。

 

セッション演奏なんてのも似たよう
なことがあったりしますよね。ああ、
今日は上手く弾けたとか思っても、同
じ曲の同じところ次にはあまりうま
く出来なかった、なんてこともあるわ
けで。

 

人間なんてそんなもんで、上手く出来
るときと出来ないことがある、という
当たり前といってしまえば当たり前の
ことをつい忘れてしまいがちになるん
ですよねえ。

 

そんなことを、最近の若者は「言語化」
のプレッシャーに悩んでいるらしい
というネットの記事を読みながら考え
ていたのではありました▼▼▼

 

最近の若者は大変なんですねえ。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

夏の発見 その2

日の「発見」なんですが。

 

考えてみたら、音楽と何の関係もない
じゃねえか、という自己脳内ツッコミ
が入りまして……

 

そういえばそうか、と思い直して考え
てみたんですが。音楽、音楽……。あ、
そういえば。

 

ま、たいした話でもないですが……

 

えーと、少し前にセッション「ベサ
メ・ムーチョ」という曲をやったんで
すね。

 


写真はイメージです

 

有名なラテンの曲ですね。今ではジャ
ズ・スタンダードにもなってます。
のタイトル日本語にすると「いっぱ
い(私に)キスをして」これが最後だ
と思って、という情熱的な歌なわけで
すが▼▼▼

 

この曲を書いたコンスエロ・ベラスケ
というメキシコの女性は、曲を書い
当時17歳だったそうです。1940年
のことでした。おそるべし、メキシコ。

 

でね、

 

この曲のサビというかBメロというか
部分なんですが。なんかどこかで聴
いたメロディーなような気がしたんで
すね。で、考えてみたら、この曲のイ
ントロではないか、と▼▼▼

 

まあそのようなことを「発見」(?)
した、と(当然のことながらベサメ・
ムーチョが先だったわけです)いうよ
うなことで。今回も夏とはほとんど関
係なくてすんません

 

現場からは以上です。

 

て、ことで。

 

それでは、また。 ( ̄▽ ̄)

 

 

世の中は諸説で溢れている?

回『チコちゃんに叱られる』
のことを書きましたが。

 

そういえば、この番組でなされる質問
ヘの回答とかに、よく

 

諸説ございます

 

ってのがありますよね。

 

この番組が最初に使ったのか、もとも
すでに使われていた言い回しなのか
知らない諸説あるのかもしれない)
ですが。ともかくこの番組で多用され
ますよね。

 

 

まあ、テレビ局側としては、これだ!
と思える答えを出していても、いやあ
れはこうなんじゃないかとか、いやい
やそうじゃなくて……とか色々突っ込
みやら「クレーム」やらを入れてくる
人が多いでしょうからね。世の中には。

 

なので、予防線を張ってるということ
なんでしょうけど。

 

しかしなんというか、

 

考えてみれば、この世の中にはある
つのことを説明するにしても、そして
それがどんなに明確に思えても、どん
なに言う人が自信満々でも、別の説を
言う奴が出てくる、という。そういう
形になってる気がするんですよね。

 

「諸説」が主張しあうのが、この世の
中のデフォルトである、と。そんな
組みになってる気がしませんかね?

 

SNS とか見ても、最近の選挙につい
ての騒ぎを見ても、ね。そして、音楽
のもろもろにまつわるやりとり(とい
うか喧嘩)を見てもね。

 

諸説言いあうばかりで、対話になって
ないのが問題なんでしょうけどね。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

リピーターをめぐる違和感?

ピーターという言葉がありま
すよね。

 

「繰り返す人」という意味なわけです
が、早い話何かのサービスとか商品
かを何回も繰り返して利用したり買っ
たりする人を指す言葉ですよね。

 

じゃあ、何回繰り返したらリピーター
なんでしょうか?

 

というのは、つい最近「退職代行サー
ビス」リピーターになった人につい
てのネット記事を読んだんですが。こ
の人は2回利用しただけなんですよね。
つまり1回繰り返しただけなんですよ。

 

 

まあ、1回でも繰り返したなら、それ
はもう繰り返したわけなので、それで
もう「リピーター」だというのは、
としてはその通りかもしれませんが。

 

でも、

 

普通の語感として、リピーターといわ
れれば、少なくとも数回は繰り返して
と思いません?

 

まあ、退職代行サービス何度も何度
もリピートするという人がそう何人も
いないだろう(少なくとも今は)とは
思うものの、ではありますが。

 

なんかちょっと違和感を持ってしまっ
たのではありました。2回目じゃあね
え。

 

あまり良い言葉じゃないですが、それ
「裏を返した」だけじゃない? とか
思ったりして(馴染み客になったとい
えばいえるわけですが)

 

ま、それだけなんですけど。

 

あ、そういう意味では、私が仲間とや
っているアラカンセッションには、
当の意味(?)でのリピーターの方々
何人もいらっしゃるので、とてもあ
りがたく思っております。

 

余談ですが、会社勤めをしていた
ころは中間管理職的なことをしていた
こともあるわけなんですが。その頃
まだそんな退職代行サービスなんての
普及してなかったわけですね。

 

そんな退職代行サービスからの電話
メールとか、受け取らなくてホント
良かった、と思いますね。受け取って
たら結構心を病んだりしてたかも、な
んて思いました。

 

★ここでいう「裏を返す」の意味がよ
くわからないという方は、落語の郭ば
なしとかを聴かれるとよく出てきます。
そういえば三島由紀夫の「金閣寺」の
終わりの方(主人公が決定的な行動に
出る少し前)でもこの言葉が使われて
ました。

 

て、ことで。

 

では、また。( ̄▽ ̄)

 

若者は○○なコミュニケーションを大切にする?

んか、会社勤めを辞めてから、
ビジネス系のネット記事を読むこ
ともずいぶん少なくなってしまっ
たのですが

 

今日たまたまこんな記事目に入って
きました▼▼▼

 

ビジネスチャットでのメッセージの書
き方についての世代間ギャップの話で
すね

 

若者たちは「テキストだけのやり取り
でも、相手の感情を読み取る訓練を積
んでいる。だから微妙なニュアンスの
いに敏感」なんだそうで

 

彼らおじさん世代の書くメッセージ
文章「冷たさ」を感じている、と
いう、まあ最近よく聞く話なんですけ
ど……句点だけで終わる文章は怖い
かね

 

 

その他にもこういう書き方は嫌われる
というのが列挙されてますが、しかし
大変ですね今の管理職

 

なんて、もう会社に勤めてないおじさ
としては感慨に耽ってしまうわけで
すが

 

一方で、今の若者というのはそんな細
かいニュアンスに敏感なんだなあ、と
思ったりもするわけですね……音楽や
るときもそうなんだろうか? きっと
そうなのかもなあ、とか

 

案外(?)今の若者はコミュニケイテ
ィブでいい味をジャムセッションする
と出すのかもしれません

 

まあ、冷たくて怖いおじさんとは遊ん
でくれないか……

 

★て、ことで今回は句点(。)を使わ
ずに書いてみました あー、めんどく
さ(こらこら)

 

て、ことで

 

それでは、また ( ̄▽ ̄)

 

色々「やらかす」自由?

ャムセッションをなぜ「ジャ
ム」ッションというのか?

 

なんて話は前に書いたんですが。

 

で、そこで私の「推し」(?)の説
して、黒人と白人のリズムの取り方が
違うので、リズム(グルーブ)が「ジ
ャムってしまう(詰まってしまう)」
から、というの上げたんですね。

 

そもそもジャムセッションなんていう
のはつっかえたり、ひっかかったりす
るものだ、ということではないか?
と思ったわけです。

 

というか、今もそう思うわけですが。

 

ジャムセッションというのは自由なも
のだ、そうあるべきだ、という考え
あるわけで、実際そうだと思いますが。
自由であるがゆえに、いろいろやらか
す、やらかすことが許容されるとい
う場がジャムセッションだろうとも思
うわけですよね。

 

ジャムセッションを失敗なく乗り切る
コツ、なんていう話を聞きたいと思う
人は多いかもしれないけど、それって
そもそもある意味矛盾した話ではある
わけです。だって「ジャム」りに来た
んでしょう、あなたは? なんてね。

 

ジャムセッションというモノには「自
ら望んで“詰まりに行く”という、創造
的覚悟がある」のではないか? と、
まあこれは私ではなく ChatGPT くん
が言ってました。

 

「だからこそ、そこには真の自由があ
るのかもしれない。自由とは『放って
おかれること』だけではなく、『自分
の意志で、誰かと詰まりに行くこと』
でもあるのだ」……だそうです。

 

だいぶ賢くなりましたなあ、ChatGPT
くんも。

 

でもま、ちょっと大げさな気もします
が。恥ずかしくて私だったら書けませ
(おいおい)。

 

て、ことで。

 

それでは、また ( ̄▽ ̄)

 

ロスト・イン日常生活?

んかこの話の続きみたいなこ
となんですけど。

 

今の世の中って、ボーッとしてると
ントに色んなことが起こって過ぎ去っ
いきますよねえ。

 

半年前のことがもやたら遠い過去のよ
うに思えたりしません?

 

たとえば、あの選挙のこととか、あの
暗殺未遂事件とか、そこまで大きくな
くてもあの芸能人やら政治家スキャ
ンダルとか……

 

そういうのに乗り遅れたり忘れたり
ないようにたとえば Web やら SNS
目配りしようとするじゃないですか。
でも、結局いろいろあり過ぎて、脳の
処理能力越えてしまいません? 私の
年のせいですかね?

 

そうするとどうなるか?

 

結局、頭がボーッとなってしまうわけ
ですね。

 

超絶難しいコード進行の曲をやってる
うちに、なんかもうついていけなくな
って、立ち尽くす。なんていう感覚
近いものがありますね。

 

早い話「ロスト」してるわけです。

 

 

ロストなんて、ジャムセッションの中
だけでいいよと思うわけですが。もは
世の中全般についてロストしている、
なんて感覚日常化しているのではな
いか?

 

なんてことを考えているわけですが、
だからといって対策もなく。結局のと
ころただボーッとする今日この頃、と
いうお話でした。すみませんオチはな
いです。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

「継続は力」かもしれないけれど……

近、また高齢者が音楽をやる
メリットについての研究が発表さ
れた、という記事を見たんですが。

 

これがなんと(?)京都大学の研究な
んですが。▼▼▼

 

まず、4年前70歳すぎのそれまで
器未経験の高齢者に楽器(鍵ハモらし
いですが)を始めてもらって4ヶ月続
けたら認知・脳機能が向上した、とい
研究すでにあったらしいんですね。

 

で、今回はその4年後、その実験に参
加した人たちをまた集めて、最初の実
験の後ずっと楽器を続けてきた人たち
と、その後は別の趣味とかに移って楽
器は止めてしまった人たち比べた
ということらしいんですが。

 

そうしたら、楽器を止めた人たち(中
止群)には脳の機能に低下が見られた
のに対して、楽器を続けた人たち(継
続群)にはそういう低下が見られなか
ったという結果だったそうです。

 

 

で、

 

思ったんですが、確かにわれわれのよ
うな好きで楽器や音楽を続けている人
にとっては、これは良い話に聞こえ
ますよね。

 

自分の好きな趣味としてやってる音楽
脳の機能維持するのに役立つらし
いということなので。

 

でも、世の中にはそんなに音楽の演奏
にのめり込めない人だっていますよね。

 

そういう人たちに、脳のために楽器を
やれと、強制とまではいわないまでも
強く推奨とかいうになったとしたら、
それがそういう人たちのクォリティ・
オブ・ライフの向上につながるのか?

 

……なんてことを考えると、なかなか
難しいところもあるよなあ、なんて思
ったわけでして。

 

どう思われます?

 

まあ、好きでやってますから、
器は続けると思うんですけどね。でも
それはそれこれはこれ、かもなあと。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

パ〇タ男の謎?

SNS にあまり期待しない方がい
なこと書いておいてなんな
んですが……

 

そうはいいながらけっこう SNS に
毎日時間を費やしてましてツイ廃
んて言葉が脳裏を横切ったりします)。

 

この前、X(旧 Twitter)を覗いてい
たら、

 

パスタ男

 

という言葉をみつけたんですね。

 

インド料理店専門店総料理長イナ
ダシュンスケ(稲田俊輔)さん投稿
(というか質問への回答のリポスト)
で見たんですが▼▼▼

 

つまり、パスタ男というのは巷の店の
パスタに対して、

 

この程度であれば自分が自宅で作るも
のの方がよほどうまい

 

とか、

 

これは(本物の)○○○とは言えない

 

というような攻撃あびせかける男
ことをいうみたいなんですね。イナダ
さんはこういう物言いを「パスタ男構
文」と名付けていて、あるあるとか思
って笑ってしまったんですが。

 

 

パスタ男っていうネーミング・センス
がいいですよね。

 

でまあ、

 

音楽界隈にも、こういう「パスタ男構
文」的な言説はかなりはびこっていて。
一つ一つ間違いともいえないこと
言っているわけですが、でも総体とし
て、理解不能で、まあウザイというね。

 

いますよねえ。そういう人。

 

イナダさんは、そいういう人は「ざし
き童子(わらし)」的に畏れ敬いつつ
その領域には踏み込まず、その怪異を
語り継いでいくのがいい、と書いてま
すが。

 

まあ、音楽界隈聞いてもいないのに
色々言ってくる人についてもそんな風
に対処するのが吉かな、と思ったとい
うある日のことではございました。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

セッションの問題の解決は現場にしかない?

の前、某所でセッションを主
宰してらっしゃる方が、ジャズと
いう音楽についての意見を某 SNS
で表明されたらなんか大騒ぎ……
みたいなことを書きましたが。

 

いろいろ異論反論が出て、そればかり
誹謗中傷にさらされてもいるらしい
よくわからんけど、という状況だった
わけですが。まあ大変だなあと思いつ
つ、傍観者的に見ていたわけなんです
けどね。

 

その後の様子を見ていても事態が終息
する方向でもなく、どの人の意見が正
しいとかもっともだとか、そういう
意形成にいたる動きもないようで。

 

相変わらず言いたいことを発信しつづ
けて、それぞれに賛同する人のかたま
りが何となく出来ている、という状況
ですね。で、意見の違うかたまりとか
たまりの間には、前より深い溝が出来
てしまっているようで。

 

まあ予想はしてたんですが、あまりに
も予想通りで、傍観してる側もなんか
暗い気持ちになったりしますけど。

 

思うに、そもそも個別の現場で個別事
案的に対処して済ますのが良いことを、
問題意識にかられて、抽象度を上げた
形で理念的に語っても、それが生産的
な議論になることはまずないんですよ
ね。とくに SNS なんていう場では。

 

 

ジャムセッションなんだから、現場で
解決するのが良いのでは? なんて思
うわけですよ。

 

まあ色々思いが溢れて物申したくなる
こともあるんだよ、ということなんで
しょうし、その気持ちわからないじ
ゃないんですけどね。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)