微妙な違いはどこまで大事なのか?

楽について文章書いたりする
と、時に悩むのがジャンルの問題
だったりします。

 

とくに(1970年代以降の?)ポピュラ
ー・ミュージックについてなんですが。

 

この曲は、ロックなのかポップスなの
か、R&Bなのかソウルなのか、ハード
・ロックなのかヘビメタなのか、とか
色々。微妙があるようで、ちゃん
「言語化」しようとすると難しかっ
たりしてね。

 

マイケル・ジャクソン流れとしては
R&B系に入ると思うわけですが、キン
グ・オブ・ポップとかいわれますしね。
深く考え出すとよくわからなくなって
しまいます。

 

まあ、前にも書いた気もしますが、こ
ういうジャンルとかサブ・ジャンル
分類って、多分にマーケティングやら
ジャーリズム的関心がからむので、用
語が次第に複雑になっていくんですよ
ね。

 

そういう細かい「差異」感じられる
のがエライ、みたいなことになってく
るので、それを言いだすとひとりひと
(あるいはバンドやグループごとに)
違うよね、そりゃ、みたいな気分にも
なるわけですが。

 

ただ、まあリアルタイムで聴いていた
りする音楽だと、そういう細かい話に
乗せられてた自分なんてのも思い出さ
れるわけで……

 

 

なんてことを、クッキーとビスケット
の違いについての記事を読んでいてつ
らつら考えた、と。

 

そんな今朝の出来事でした。ヒマか。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

音楽に「深い意味」を感じる年齢?

いぶ前に人間の音楽の好みが
決まるのは14歳あたりらしい、な
んて研究について書いたんですが。

 

最近、また新しい研究が発表されたら
しくて、それによると、

 

17歳のときに聴いた音楽

 

人生で最も深い意味を感じる音楽
して残るそうなんですね▼▼▼

 

 

若い頃、10代の頃の音楽体験影響
一番大きいというのは似てるんですが。
なんでしょうね、この微妙な3歳くら
いの差は?

 

「好み」のレベルと「意味深さ」のレ
ベル、まあ違うといえば違うのか……

 

微妙と書きましたが、10代での3年の
違いは大きいですけどね。中学生
校生では大きく知性感性変化する
でしょうし。

 

で、

 

しかし私が17歳というと、1974年ごろ。

 

その頃聴いてた曲というと、バッド・
カンパニーとかスティービー・ワンダ
とかイーグルズとか。各種ソウル/
ディスコ・ソングとかなんですけど。

 

そういった音楽にとって「深い意
味」があるのか?といわれると、どう
なんでしょうねえ。

 

まあ、今でも好きですけどね。

 

皆さんの17歳の頃の音楽はどうですか?

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

超高齢者の脳にはアースの曲が流れるか?

日の脳の機能の話とやや関連
するのですが。

 

「老年的超越」という言葉というか概
念がありまして。スウェーデンラル
ス・トルンスタムという人が1989年に
発表したそうです。

 

85歳あたりを超えると人間はの価値観
「宇宙的、超越的なもの」に変わる
のだそうで。物事に楽観的になり、
己中心的ところがなくなって寛容性が
高まっていくのだそうです。

 

過去・現在・未来といった時間の区別
が消え、自分と宇宙との一体感、人類
全体や先祖子孫との一体感を感じるよ
うになるともいわれています。

 

年を取って出来ないことが増えて、不
幸な感覚が増すのかというとそうでも
なくて、不幸感は弱くなるのだそうで
す。感謝の気持ちが高まっていくのだ
とも。

 

確かに、超高齢で元気な人を見ている
と、そんな感覚を感じることもあるよ
うな気もしますね。もちろんいくつに
なっても文句が多くて、意地の悪い人
もいるわけですが。

 

しかし、

 

なんだかそんな解説記事を読んでいた
ら、70年代から80年代あたりのスピ
リチュアルなカルチャーを思い出さな
くもないですけどね。ニューエイジ
かそういうの。

 

 

アース・ウィンド&ファイア「宇宙
のファンタジー」あたりが聞こえてき
そうでもあります。

 

こういう研究にそんな思想史的な影響
あるんでしょうかね。1989年といえば、
ニューエイジ全盛なころではあります
が……知らんけど。

 

まあ、ともあれ、そんなアース・ウィ
ンド&ファイアが頭に流れる日が来る
のか? やはり、長生きはしてみるも
んかもしれません。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

家事とかゲームとか脳の機能とか

くらいの歳になると、身体だ
ったり脳の機能が落ちないように
気をつけないと、というプレッシ
ャー(?)にさらされるようにな
るわけでして。

 

プレッシャーというのも変かもしれま
せんが、そんな情報が向こうからやっ
て来る感じというか。わかる人にはわ
かるんじゃないかと思うんですが。

 

昨日もこんなネットの記事「やって
来た」んですが▼▼▼

 

日常の「家事」というものが実は脳の
健康に大きく関わっている(かも?)
という話ですね。認知症を防ぐために
男女関係なくやった方が良いのでは?
ということで。

 

家事かあ、まあ料理とかは好きだけど
なあ。掃除とかは苦手だなあとか。そ
ういうより好みは良くないのかなあ、
とか、読みながら色々思うわけです。

 

 

他にも脳を鍛えるにはゲーム(といっ
ても卓上でやる麻雀とかそのテのゲー
ム)がいいとか、そんな記事も見まし
た。まあ、色々目に入ってくるんでし
て。

 

こういうの、素直にああそうかといっ
受け入れるか、てやんでえといって
遠ざけるか。人それぞれかもしれませ
んが、多分素直な人の方が幸せな老後
が来るのかもしれないなあ……でも、
なかなか素直になれない年ごろなんだ
よなあ……

 

なんてことをとりとめもなく思って読
んでいたんですが。

 

で、そういえば、われわれ(誰?)に
脳の機能を保ってくれる強い味方と
して音楽があったのではないか、と思
って気を取り直して、週末のセッショ
ンの準備をしたりしております。

 

それで(それだけで)いいのか? と
思わないでもないですが。

 

て、ことで。

 

それでは、また。 ( ̄▽ ̄)

 

 

困った人に敏感? 鈍感?

の中にはグループとかコミュ
ニティの中で「困った人」になっ
てしまう人がいますね。トラブル
メイカーというか。

 

程度問題なところもあるので、困った
人とそれ以外という風にきっぱり分け
られないところもあるわけですが。

 

ともあれ、そういう人がいるとコミュ
ニティグループ雰囲気が悪くなっ
たり、色々支障が生まれたりするわけ
ですね。最悪の場合にはコミュニティ
崩壊なんてことになったりして。

 

で、

 

そういう人がコミュニティに入ってく
るときに、あ、この人はヤバそうだな
とか、気をつけなきゃとかすぐに感知
できれば、前もって対策を考えたりも
できるんですが。

 

最近思うのは、私個人の問題として、

 

そういう困った人に対する脇が甘い

 

よなあ、と反省したりしているという
ことなんですね。最近思ってる時点で
遅えよと自己ツッコミを入れたりもす
るわけですが。

 

まあともかく、早い話そういうことに
鈍感、ということですね。

 

一方で、そういう人の見極めのすごく
早い人、困った人に敏感な人もいて、
「あの人気をつけた方がいいよ」とア
ドバイスしてくれたりするわけです。

 

 

それで、私なんかは、え? そうなの
か? 気をつけようなんてようやく思
ようなわけで。

 

そうかなあ、考えすぎじゃないの?
なんて思ってると、グループ内でモメ
出したりして、その修復にえらく手が
かかったりして、痛い目にあうなんて
こともあるんですよねえ。

 

なので、そんな困った人に敏感になる
ように感性を磨かないとなんて思いつ
つ、この年になると今さらそれも難し
よなあ、とも思うわけで。

 

結論としては、そういう警告とかアド
バイスをしてくれる人感謝して大事
にしようと思う、ということになる今
日この頃でございます(何かあったの
か?)

 

てことで。

 

では、また  ( ̄▽ ̄)

 

★直近でなにかあった訳ではありませ
ん(老婆心)

 

なんかそれ違くない?

ー、タイトルにある「違くな
い?」という言葉遣いなんですが。

 

これって、最近とてもよく耳にします
よね。というか話し言葉ではかなり普
通になってきてる気がします。放送で
アナウンサーが使うことはないでしょ
うけど、一般人のコメントでは出てき
ますし、YouTube なんかだと頻繁に聞
かれます。

 

「違くって」なんてのも耳にしますね。

 

これ、日本語「違う」という単語
動詞なので、本来は「違わない」とい
うのが正しい昔からの文法ではね
わけですが。でも「違う」って形容詞
っぽいですよね(英語の different
形容詞ですしね)。

 

で、形容詞だと思って使ってしまう
他の形容詞の語法に、例えば「赤くな
い?」とかにならってしまう、という
流れ(?)なわけです。

 

おそらく現時点では、耳障りと思う人
もいるでしょうし、一方では別に気に
ならないという人もいるってところで
しょうか。は別に耳障りとまでは思
いませんが、自分では使わないですね。

 

 

しかし、おそらくこれは今後もっと広
がって定着していきそうな気がします。

 

ネットで検索したら、2000年NHK
の放送文化研究所「放送では、こと
ばの変化をあえて先取りする必要はあ
りません。伝統的な形を強くお勧めし
ます」なんて書いていたのを見つけま
したが。しかし、もう四半世紀前なん
ですよね。

 

アナウンサー普段使ってる言い回し
ダメだといわれると戸惑うようなケ
ースが増えるでしょうしね。NHK
普通に使われだす日も遠くないかも
れません。

 

ちなみにこの「違くない」系の言い回
してきたそうで。実は結構な時間を
かけて広まっているんですよね。

 

音楽で言うと、ヨーロッパ的な音楽か
ら見たブルーノートとかバックビート
みたいなものかもしれません。

 

え? 違いますかね?

 

て、ことで。

 

では、また  ( ̄▽ ̄)

 

選ぶ人、選ばれる人、見てる人

の中は日本初の女性の総理大
臣が誕生する流れになってますね。

 

まあ少数与党なので、紆余曲折がある
かもしれませんが(追記:色々ありま
したが、結局誕生しましたね)

 

で、そうなると世の中次の内閣はど
うなるとか党の主要役職には誰がなる
とか、

 

人事

 

について色々と情報が流れてくるんで
すよね。それもいっぺんに来るんじゃ
なくて、ちょっとずつ。

 

別に最終的な結果だけ発表されればい
いんじゃないと思うんですが、なんか
好きですよね、みんな小出しにして
あれこれ言うのが。

 

なんかドラマを感じたいんですかね。
裏話とか「これはこういうことでこう
なった」とかそんな解説を聞いてね。
別に自分とは関係ないのにね。

 

そういう、選考過程とかをちょっとず
つ追ったり、その裏話を話したり聞い
たりするのが好まれるのは、にもあ
って。たとえば、野球のドラフトとか
そんなところありますね。

 

 

母と子の二人三脚的なストーリーとか
よく見ますね。

 

そういうサイド・ストーリーとかお好
きですか? 私は面白いと思うことも
たまにはあるけど、毎回それで埋め尽
くされるのはどうもね、という方です
かね。

 

アイドル・グループのメンバーのオー
ディションなんてのも、最近は何次に
も分かれて、その度放送とか配信
かで流れたりしますよね。

 

途中で落選した子が、別のグループ
入って活躍するとか、そんな副次的
ストーリーまで生まれたりして。

 

そんなのを脇目で見ながら、別に結果
だけわかればいいや、なんて言ってる
私みたいな人間は、まあそもそも相手
にされないんでしょうが……しかしそ
ういうって気のせいか秋に多い気が
しますね。エモい季節だからかな。

 

て、ことで。

 

それでは、また( ̄▽ ̄)

 

眠らない自信はない?

ーッとする界隈(?)の話
続きなんですが(またかい)

 

ボーッとしてると叱られるという現代
で、よくやり玉に上げられるのが、
とか地方の議会とかで、

 

眠ってる

 

というやつですよね。

 

議員がそういう議会の場で眠っている
と、色々批判される、というやつです
ね。だいたい寝てるのはおじさんだっ
たりしますが。批判する側は、寝てる
人の所属の会派に対抗する立場になる
わけですね、たいていの場合。

 

まあ、それでそんな奴は議員の資格は
ないとか、辞めちまえとか言われるわ
けですよね。

 

まあ、褒められた話じゃないのは分か
りますが、しかし……

 

あれって、自分その立場(寝てる人
なんで立場ってのも変ですが)になる
ことを想像した場合、私なんか

 

眠らない自信はない

 

ですねえ。特に昼下がりとか……

 

 

長時間座って人の話を聞いてると、
いたい眠くなるもんじゃないですか。
学校の面白くない授業とか、会社で社
員集められて訓示を聴かされるときだ
って、寝ちゃいません? え、そんな
ことない?

 

ま、人それぞれかもしれませんが。

 

もう少し寛容でもいいんじゃないか
思うんですけどね。

 

アラカンセッション寝てる人がいた
ら、寝かせておいてあげると思うんで
すよね……きっと……いやたぶんね…
…ま、どうかな?

 

おやすみなさい(オイ)

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

ベースの日はなんの日か?

年、11月11日ベースの日
だそうでして。

 

なんでかといえば、1111ベースの
4本の見立てているわけですね。
今は5弦とか6弦のベースも多いです
けど。

 

まあ、この日がベースの日という認識
音楽やってる人やってない人では
だいぶ差がありそうな気もしますけれ
ども。

 

で、

 

実は11月11日というのは、「〜の日」
として色んな日にされているらしく、
一番由緒正しい(?)感じなのは、
一次世界大戦の停戦が締結された日
そうで。「世界平和デー」なんて呼ば
れ方もしていますが、これなんかは
史的事実に基づいているわけですね。

 

どんな日になっているかというと、
サッカーの日なんていうのがありまし
て、これはサッカー11人が1チーム
ですからね。分かりやすいですね。

 

ただ、これ FIFA とか日本サッカー連
が決めたのかと思ったら、ミズノ
関連のショップが決めたという話なん
ですけどね……

 

「ミュージカル『キャッツ』の日」
かいうのもあります。日本で初演され
た日だそうです。はあ、てな感じです
が。

 

 

あとは「ちんあなごの日」とか「き
たんぽの日」とか「ポッキーの日」
か……まあ、そういう見た目から来て
ようなのは、理由が分かりやすい
すよね。

 

「ベースの日」なんていうのも、そん
見た目から来ている決め方なわけで
すが。そのユルさ音楽関係の日とし
ては、まあちょうどいいのかもしれま
せん。

 

このベースの日音楽プロデューサー
ベーシスト亀田誠治さん提案
たんだそうで、一般社団法人・日本記
念日協会により認定・登録されている
のだそうです。

 

そんな協会がある、というのが本日の
一番の学びかもしれません。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

言葉に出来ない?

かについてうまく言葉で表現
できるとうれしくなりません?

 

たとえば、友人と会話したりしていて、
その場の話題について「それって○○
だよねー」なんて言ったら、その○○
のところに相手が良い反応笑ってく
れるとか、深くうなずくとか)してく
れたりした時とかですけど。

 

成功体験としてポジティブに残ると思
うんですが(おおげさにいえばね)。
でもとはいえ、そんなにうまくいくこ
とばかりじゃなくて、逆にうまく言葉
にできないことだってやはりあるわけ
です。

 

人間、上手くいったときの経験ポジ
ティブに感じ過ぎると、逆に上手くい
かないときネガティブな感情を強く
感じたりすることもあるわけで。

 

 

心の持ちようというか、バランスのと
り方というのは難しいものですよね。

 

セッション演奏なんてのも似たよう
なことがあったりしますよね。ああ、
今日は上手く弾けたとか思っても、同
じ曲の同じところ次にはあまりうま
く出来なかった、なんてこともあるわ
けで。

 

人間なんてそんなもんで、上手く出来
るときと出来ないことがある、という
当たり前といってしまえば当たり前の
ことをつい忘れてしまいがちになるん
ですよねえ。

 

そんなことを、最近の若者は「言語化」
のプレッシャーに悩んでいるらしい
というネットの記事を読みながら考え
ていたのではありました▼▼▼

 

最近の若者は大変なんですねえ。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

行ってみたら良かったよ?

万博のこと書きまして。大
阪でやってたやつですけど。行こ
うかなあどうしようかなあ、なん
て書いてましたが。

 

で、

 

実は、7月上旬に行ったんですよ、結
局ね。昔一緒に仕事をした仲間たちが
集まって大阪で同窓会やろう、って話
が持ち上がりまして。ついでに万博も
観たらええやないか、と。

 

そんなわけで、行ってきました。

 

なんですけど、

 

まあ、もう世の中的にどのパビリオン
がいいとか、どれだけ会場が混んでる
とか、そういう話はあふれ返ってい
と思うので。

 

そんな中、話題になることは超人気館
ほど多くないけど、私が良かったと思
ったパビリオンについて書こうかと思
います。それは、

 

ハンガリー館

 

なんですが▼▼▼

 


外観です。私が撮りました。

 

なんでこのパビリオンに入ろうと思っ
たかというと、このパビリオンの全体
テーマが「音楽」だからなんですね。
上のパビリオンのサイトにも書かれて
いますけど。

 

で、このパビリオンで行われるショー
では、ライブのハンガリー人(たぶん
そうだと思います。確かめたわけじゃ
ないですが)の女性パフォーマーによ
る歌と踊りが披露されるんですよね。

 

シンプルな構成のショーですが、ほぼ
全面黒いシアター円形に配置された
座席の中心で、全身白い衣装を纏った
パフォーマー歌って踊ってくれます。

 

歌われるのは、ハンガリーの古くから
ある曲だそうです。何でも昔クイーン
がハンガリー公演したときにもフレデ
ィー・マーキュリーが歌ったという
も(知らなかった)。

 

歌と踊りの他シンプルなライティン
グの演出がある程度でしたが、それが
逆にパフォーマンスを引き立てていた
ように思います。

 

なんでも全部で21人のパフォーマー
いるそうなので、当たり外れがあるの
かもしれませんが、私が観た限りでは
なかなか良いパフォーマンスだった
思います。

 

探せばネットのどこかにパフォーマン
スの動画があるかもしれませんが、ま
あ、こういうのは生で観るに限るとは
思います。もう終わったちゃいました
が……

 

未来感キラキラを期待されるとハズす
とは思いますけどね(笑)ちなみにこ
万博全体にあまり未来感はなかった
です。ショッピング・モール感はある
けど。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

夏の発見 その2

日の「発見」なんですが。

 

考えてみたら、音楽と何の関係もない
じゃねえか、という自己脳内ツッコミ
が入りまして……

 

そういえばそうか、と思い直して考え
てみたんですが。音楽、音楽……。あ、
そういえば。

 

ま、たいした話でもないですが……

 

えーと、少し前にセッション「ベサ
メ・ムーチョ」という曲をやったんで
すね。

 


写真はイメージです

 

有名なラテンの曲ですね。今ではジャ
ズ・スタンダードにもなってます。
のタイトル日本語にすると「いっぱ
い(私に)キスをして」これが最後だ
と思って、という情熱的な歌なわけで
すが▼▼▼

 

この曲を書いたコンスエロ・ベラスケ
というメキシコの女性は、曲を書い
当時17歳だったそうです。1940年
のことでした。おそるべし、メキシコ。

 

でね、

 

この曲のサビというかBメロというか
部分なんですが。なんかどこかで聴
いたメロディーなような気がしたんで
すね。で、考えてみたら、この曲のイ
ントロではないか、と▼▼▼

 

まあそのようなことを「発見」(?)
した、と(当然のことながらベサメ・
ムーチョが先だったわけです)いうよ
うなことで。今回も夏とはほとんど関
係なくてすんません

 

現場からは以上です。

 

て、ことで。

 

それでは、また。 ( ̄▽ ̄)

 

 

世の中は諸説で溢れている?

回『チコちゃんに叱られる』
のことを書きましたが。

 

そういえば、この番組でなされる質問
ヘの回答とかに、よく

 

諸説ございます

 

ってのがありますよね。

 

この番組が最初に使ったのか、もとも
すでに使われていた言い回しなのか
知らない諸説あるのかもしれない)
ですが。ともかくこの番組で多用され
ますよね。

 

 

まあ、テレビ局側としては、これだ!
と思える答えを出していても、いやあ
れはこうなんじゃないかとか、いやい
やそうじゃなくて……とか色々突っ込
みやら「クレーム」やらを入れてくる
人が多いでしょうからね。世の中には。

 

なので、予防線を張ってるということ
なんでしょうけど。

 

しかしなんというか、

 

考えてみれば、この世の中にはある
つのことを説明するにしても、そして
それがどんなに明確に思えても、どん
なに言う人が自信満々でも、別の説を
言う奴が出てくる、という。そういう
形になってる気がするんですよね。

 

「諸説」が主張しあうのが、この世の
中のデフォルトである、と。そんな
組みになってる気がしませんかね?

 

SNS とか見ても、最近の選挙につい
ての騒ぎを見ても、ね。そして、音楽
のもろもろにまつわるやりとり(とい
うか喧嘩)を見てもね。

 

諸説言いあうばかりで、対話になって
ないのが問題なんでしょうけどね。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

音楽がないと「つまんねー」理由

日、音楽のないプロジェクシ
ョン・マッピングという話をしま
して。

 

近所の公園でやってたプロジェクショ
ン・マッピング音楽がついてなくて
まあ正直な話

 

つまんなかった

 

という話をしたわけですが。

 

まあ、音楽がないと音楽があるのに比
べてつまんないのは、当たり前といえ
ば当たり前の気もしますが、なぜか?
と問われるとちゃんと答えられるかは
自信ないなあ、なんて書きながら思っ
てたんですね、実は(実はじゃねえよ)

 

そしたら、週末テレビを点けたら「チ
コちゃんに叱られる」という例の番組
をやってまして。そこでの質問の1つ
がなんと「なんで映像に音楽が加わる
とより感動するの?」だったんですよ。

 

おお、と思ってなんかシンクロニシテ
とかいうものを勝手に感じてしまっ
りしたんですよね(おおげさ)。で、
チコちゃんの答えは……?

 

 

こちらをどうぞ▼▼▼

 

なんかこれ、一般の「チコちゃん」フ
ァンの人が毎回のまとめをやってくれ
てるサイトみたいなんですけど、そん
なのあるんだ、とまず驚いたりする
けですが、閑話休題

 

音楽意識を「自分」に向けさせてく
れるスイッチ、であるってことだそう
ですが。そこにデフォルト・モード・
ネットワークがからんでくるというの
ちょっと意外ではではありましたね。

 

まあ、ともかく、そういうことなんで
都立小金井公園(あ、言っちゃった)
担当者の人はチコちゃんに叱られる
から映像に音楽をつけてね、次からは。

 

て、ことで。

 

では、また  ( ̄▽ ̄)

 

リピーターをめぐる違和感?

ピーターという言葉がありま
すよね。

 

「繰り返す人」という意味なわけです
が、早い話何かのサービスとか商品
かを何回も繰り返して利用したり買っ
たりする人を指す言葉ですよね。

 

じゃあ、何回繰り返したらリピーター
なんでしょうか?

 

というのは、つい最近「退職代行サー
ビス」リピーターになった人につい
てのネット記事を読んだんですが。こ
の人は2回利用しただけなんですよね。
つまり1回繰り返しただけなんですよ。

 

 

まあ、1回でも繰り返したなら、それ
はもう繰り返したわけなので、それで
もう「リピーター」だというのは、
としてはその通りかもしれませんが。

 

でも、

 

普通の語感として、リピーターといわ
れれば、少なくとも数回は繰り返して
と思いません?

 

まあ、退職代行サービス何度も何度
もリピートするという人がそう何人も
いないだろう(少なくとも今は)とは
思うものの、ではありますが。

 

なんかちょっと違和感を持ってしまっ
たのではありました。2回目じゃあね
え。

 

あまり良い言葉じゃないですが、それ
「裏を返した」だけじゃない? とか
思ったりして(馴染み客になったとい
えばいえるわけですが)

 

ま、それだけなんですけど。

 

あ、そういう意味では、私が仲間とや
っているアラカンセッションには、
当の意味(?)でのリピーターの方々
何人もいらっしゃるので、とてもあ
りがたく思っております。

 

余談ですが、会社勤めをしていた
ころは中間管理職的なことをしていた
こともあるわけなんですが。その頃
まだそんな退職代行サービスなんての
普及してなかったわけですね。

 

そんな退職代行サービスからの電話
メールとか、受け取らなくてホント
良かった、と思いますね。受け取って
たら結構心を病んだりしてたかも、な
んて思いました。

 

★ここでいう「裏を返す」の意味がよ
くわからないという方は、落語の郭ば
なしとかを聴かれるとよく出てきます。
そういえば三島由紀夫の「金閣寺」の
終わりの方(主人公が決定的な行動に
出る少し前)でもこの言葉が使われて
ました。

 

て、ことで。

 

では、また。( ̄▽ ̄)

 

若者は○○なコミュニケーションを大切にする?

んか、会社勤めを辞めてから、
ビジネス系のネット記事を読むこ
ともずいぶん少なくなってしまっ
たのですが

 

今日たまたまこんな記事目に入って
きました▼▼▼

 

ビジネスチャットでのメッセージの書
き方についての世代間ギャップの話で
すね

 

若者たちは「テキストだけのやり取り
でも、相手の感情を読み取る訓練を積
んでいる。だから微妙なニュアンスの
いに敏感」なんだそうで

 

彼らおじさん世代の書くメッセージ
文章「冷たさ」を感じている、と
いう、まあ最近よく聞く話なんですけ
ど……句点だけで終わる文章は怖い
かね

 

 

その他にもこういう書き方は嫌われる
というのが列挙されてますが、しかし
大変ですね今の管理職

 

なんて、もう会社に勤めてないおじさ
としては感慨に耽ってしまうわけで
すが

 

一方で、今の若者というのはそんな細
かいニュアンスに敏感なんだなあ、と
思ったりもするわけですね……音楽や
るときもそうなんだろうか? きっと
そうなのかもなあ、とか

 

案外(?)今の若者はコミュニケイテ
ィブでいい味をジャムセッションする
と出すのかもしれません

 

まあ、冷たくて怖いおじさんとは遊ん
でくれないか……

 

★て、ことで今回は句点(。)を使わ
ずに書いてみました あー、めんどく
さ(こらこら)

 

て、ことで

 

それでは、また ( ̄▽ ̄)

 

色々「やらかす」自由?

ャムセッションをなぜ「ジャ
ム」ッションというのか?

 

なんて話は前に書いたんですが。

 

で、そこで私の「推し」(?)の説
して、黒人と白人のリズムの取り方が
違うので、リズム(グルーブ)が「ジ
ャムってしまう(詰まってしまう)」
から、というの上げたんですね。

 

そもそもジャムセッションなんていう
のはつっかえたり、ひっかかったりす
るものだ、ということではないか?
と思ったわけです。

 

というか、今もそう思うわけですが。

 

ジャムセッションというのは自由なも
のだ、そうあるべきだ、という考え
あるわけで、実際そうだと思いますが。
自由であるがゆえに、いろいろやらか
す、やらかすことが許容されるとい
う場がジャムセッションだろうとも思
うわけですよね。

 

ジャムセッションを失敗なく乗り切る
コツ、なんていう話を聞きたいと思う
人は多いかもしれないけど、それって
そもそもある意味矛盾した話ではある
わけです。だって「ジャム」りに来た
んでしょう、あなたは? なんてね。

 

ジャムセッションというモノには「自
ら望んで“詰まりに行く”という、創造
的覚悟がある」のではないか? と、
まあこれは私ではなく ChatGPT くん
が言ってました。

 

「だからこそ、そこには真の自由があ
るのかもしれない。自由とは『放って
おかれること』だけではなく、『自分
の意志で、誰かと詰まりに行くこと』
でもあるのだ」……だそうです。

 

だいぶ賢くなりましたなあ、ChatGPT
くんも。

 

でもま、ちょっと大げさな気もします
が。恥ずかしくて私だったら書けませ
(おいおい)。

 

て、ことで。

 

それでは、また ( ̄▽ ̄)

 

アドバイスおじさんとネット

かれてもいないアドバイスを
したがるおじさん、という話題が
バズったのって、もう何年か前な
わけですが。

 

それで、そんなおじさん駆逐された
のかというと、おそらくそんなことは
ないわけですよね。きっと今日もそん
なおじさんはアドバイスをまき散らし
ているのでしょう。しらんけど。

 

で、さて、

 

人間、仲間というか自分を支援したり
共感したりする人がいてくれるのはや
はり嬉しいものだとは思うわけですが。

 

とはいえ現実には、

 

放っておいてほしい

 

思う時もあるわけです。

 

色々考えていたりとか、ひたすらイン
プットを精力的にしようとか、集中的
練習したいとか。いろいろ。

 

そんな時に周りからあーでもない、こ
ーでもないと言われると、やはり気が
散るのでね。そういう聞かな
後回しにするようにしたいわけです
よね。

 

 

ところが、今の世の中、そうしたいと
思っても周りから色々余計なものが流
れ込んできて、それを目にしたり耳に
したりするわけです。

 

それはアドバイスという形だったり、
人の成功事例だったり、他人のリア充
な写真だったりします。

 

そういう時、いかに自分をいい感じで
「放っておかれる」状況にできるか
いうのが結構大切だと思うんですが。
その一方、今って、SNS やらのおかげ
「アドバイス」が世の中に満ちあふ
れてるわけです。

 

つまり実は今のネットというのはそれ
自体が「聞いてもいないアドバイスを
くれるおじさん」的存在なんじゃない
か、ということでして。

 

そんな中でいかに自分を「放っておか
れる」ようにできるか、というテクニ
ックというのも大事だよなあと。

 

そんなことを思ったのではありました。
抽象的ですみません。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

ロスト・イン日常生活?

んかこの話の続きみたいなこ
となんですけど。

 

今の世の中って、ボーッとしてると
ントに色んなことが起こって過ぎ去っ
いきますよねえ。

 

半年前のことがもやたら遠い過去のよ
うに思えたりしません?

 

たとえば、あの選挙のこととか、あの
暗殺未遂事件とか、そこまで大きくな
くてもあの芸能人やら政治家スキャ
ンダルとか……

 

そういうのに乗り遅れたり忘れたり
ないようにたとえば Web やら SNS
目配りしようとするじゃないですか。
でも、結局いろいろあり過ぎて、脳の
処理能力越えてしまいません? 私の
年のせいですかね?

 

そうするとどうなるか?

 

結局、頭がボーッとなってしまうわけ
ですね。

 

超絶難しいコード進行の曲をやってる
うちに、なんかもうついていけなくな
って、立ち尽くす。なんていう感覚
近いものがありますね。

 

早い話「ロスト」してるわけです。

 

 

ロストなんて、ジャムセッションの中
だけでいいよと思うわけですが。もは
世の中全般についてロストしている、
なんて感覚日常化しているのではな
いか?

 

なんてことを考えているわけですが、
だからといって対策もなく。結局のと
ころただボーッとする今日この頃、と
いうお話でした。すみませんオチはな
いです。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

「継続は力」かもしれないけれど……

近、また高齢者が音楽をやる
メリットについての研究が発表さ
れた、という記事を見たんですが。

 

これがなんと(?)京都大学の研究な
んですが。▼▼▼

 

まず、4年前70歳すぎのそれまで
器未経験の高齢者に楽器(鍵ハモらし
いですが)を始めてもらって4ヶ月続
けたら認知・脳機能が向上した、とい
研究すでにあったらしいんですね。

 

で、今回はその4年後、その実験に参
加した人たちをまた集めて、最初の実
験の後ずっと楽器を続けてきた人たち
と、その後は別の趣味とかに移って楽
器は止めてしまった人たち比べた
ということらしいんですが。

 

そうしたら、楽器を止めた人たち(中
止群)には脳の機能に低下が見られた
のに対して、楽器を続けた人たち(継
続群)にはそういう低下が見られなか
ったという結果だったそうです。

 

 

で、

 

思ったんですが、確かにわれわれのよ
うな好きで楽器や音楽を続けている人
にとっては、これは良い話に聞こえ
ますよね。

 

自分の好きな趣味としてやってる音楽
脳の機能維持するのに役立つらし
いということなので。

 

でも、世の中にはそんなに音楽の演奏
にのめり込めない人だっていますよね。

 

そういう人たちに、脳のために楽器を
やれと、強制とまではいわないまでも
強く推奨とかいうになったとしたら、
それがそういう人たちのクォリティ・
オブ・ライフの向上につながるのか?

 

……なんてことを考えると、なかなか
難しいところもあるよなあ、なんて思
ったわけでして。

 

どう思われます?

 

まあ、好きでやってますから、
器は続けると思うんですけどね。でも
それはそれこれはこれ、かもなあと。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)