家事とかゲームとか脳の機能とか

くらいの歳になると、身体だ
ったり脳の機能が落ちないように
気をつけないと、というプレッシ
ャー(?)にさらされるようにな
るわけでして。

 

プレッシャーというのも変かもしれま
せんが、そんな情報が向こうからやっ
て来る感じというか。わかる人にはわ
かるんじゃないかと思うんですが。

 

昨日もこんなネットの記事「やって
来た」んですが▼▼▼

 

日常の「家事」というものが実は脳の
健康に大きく関わっている(かも?)
という話ですね。認知症を防ぐために
男女関係なくやった方が良いのでは?
ということで。

 

家事かあ、まあ料理とかは好きだけど
なあ。掃除とかは苦手だなあとか。そ
ういうより好みは良くないのかなあ、
とか、読みながら色々思うわけです。

 

 

他にも脳を鍛えるにはゲーム(といっ
ても卓上でやる麻雀とかそのテのゲー
ム)がいいとか、そんな記事も見まし
た。まあ、色々目に入ってくるんでし
て。

 

こういうの、素直にああそうかといっ
受け入れるか、てやんでえといって
遠ざけるか。人それぞれかもしれませ
んが、多分素直な人の方が幸せな老後
が来るのかもしれないなあ……でも、
なかなか素直になれない年ごろなんだ
よなあ……

 

なんてことをとりとめもなく思って読
んでいたんですが。

 

で、そういえば、われわれ(誰?)に
脳の機能を保ってくれる強い味方と
して音楽があったのではないか、と思
って気を取り直して、週末のセッショ
ンの準備をしたりしております。

 

それで(それだけで)いいのか? と
思わないでもないですが。

 

て、ことで。

 

それでは、また。 ( ̄▽ ̄)

 

 

困った人に敏感? 鈍感?

の中にはグループとかコミュ
ニティの中で「困った人」になっ
てしまう人がいますね。トラブル
メイカーというか。

 

程度問題なところもあるので、困った
人とそれ以外という風にきっぱり分け
られないところもあるわけですが。

 

ともあれ、そういう人がいるとコミュ
ニティグループ雰囲気が悪くなっ
たり、色々支障が生まれたりするわけ
ですね。最悪の場合にはコミュニティ
崩壊なんてことになったりして。

 

で、

 

そういう人がコミュニティに入ってく
るときに、あ、この人はヤバそうだな
とか、気をつけなきゃとかすぐに感知
できれば、前もって対策を考えたりも
できるんですが。

 

最近思うのは、私個人の問題として、

 

そういう困った人に対する脇が甘い

 

よなあ、と反省したりしているという
ことなんですね。最近思ってる時点で
遅えよと自己ツッコミを入れたりもす
るわけですが。

 

まあともかく、早い話そういうことに
鈍感、ということですね。

 

一方で、そういう人の見極めのすごく
早い人、困った人に敏感な人もいて、
「あの人気をつけた方がいいよ」とア
ドバイスしてくれたりするわけです。

 

 

それで、私なんかは、え? そうなの
か? 気をつけようなんてようやく思
ようなわけで。

 

そうかなあ、考えすぎじゃないの?
なんて思ってると、グループ内でモメ
出したりして、その修復にえらく手が
かかったりして、痛い目にあうなんて
こともあるんですよねえ。

 

なので、そんな困った人に敏感になる
ように感性を磨かないとなんて思いつ
つ、この年になると今さらそれも難し
よなあ、とも思うわけで。

 

結論としては、そういう警告とかアド
バイスをしてくれる人感謝して大事
にしようと思う、ということになる今
日この頃でございます(何かあったの
か?)

 

てことで。

 

では、また  ( ̄▽ ̄)

 

★直近でなにかあった訳ではありませ
ん(老婆心)

 

なんか苦手、なんかイヤ

間理由はハッキリとはいえな
いけど苦手とか嫌いなことってあ
りますよね。

 

私の個人的な感覚でいうと、例えば
という言葉があって、それを「人財」
と書くなんての、結構苦手です。使う
側からすると人は財産だ、宝だなんて
いう思いを込めてるんでしょうが

 

なんか苦手

 

なんすよね。

 

 

それから、ときどき SNS で見るんで
すけど、おじさん最近の人気ミュー
ジシャンのやってる音楽について、
(特に脈絡もなく)聴いた事ない
んでね、なんてうそぶいてるのなんて
のも、なんかなあ、なんて思うことも
多いわけですよ。

 

そんなおじさんの中にはプロのミュー
ジシャンもいたりしてね。定期的(?)
にやってるような人も見受けられたり
して……

 

で、まあ。

 

そういう発言のニュアンスというのも
微妙な時はあって、やりとりする中で
あ、ごめんその人の曲を聴いた事はな
いんでよくわからない、なんてことも
もちろんあるわけですけどね。

 

人間全ての音楽に詳しくて、全ての音
楽を聴いているなんてことはありえな
ので、聴いた事がない音楽がある
当たり前なわけですが。

 

ただ、それをことさら「自分から」出
し抜けに言いだすなんてことがあると、
やはりその意図というものを勘ぐって
しまいますよね。

 

まあ、それをさらにことさら取り上げ
て批判するようなことはしないわけで
すが(したとしてもその意図を証明す
るのは不可能に近いですからね)、や
はり

 

なんかイヤ

 

感じてしまう私がいるのも間違いな
いわけです。

 

皆さんはそんな「なんかイヤ」なこと
ってありますか?

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

言葉に出来ない?

かについてうまく言葉で表現
できるとうれしくなりません?

 

たとえば、友人と会話したりしていて、
その場の話題について「それって○○
だよねー」なんて言ったら、その○○
のところに相手が良い反応笑ってく
れるとか、深くうなずくとか)してく
れたりした時とかですけど。

 

成功体験としてポジティブに残ると思
うんですが(おおげさにいえばね)。
でもとはいえ、そんなにうまくいくこ
とばかりじゃなくて、逆にうまく言葉
にできないことだってやはりあるわけ
です。

 

人間、上手くいったときの経験ポジ
ティブに感じ過ぎると、逆に上手くい
かないときネガティブな感情を強く
感じたりすることもあるわけで。

 

 

心の持ちようというか、バランスのと
り方というのは難しいものですよね。

 

セッション演奏なんてのも似たよう
なことがあったりしますよね。ああ、
今日は上手く弾けたとか思っても、同
じ曲の同じところ次にはあまりうま
く出来なかった、なんてこともあるわ
けで。

 

人間なんてそんなもんで、上手く出来
るときと出来ないことがある、という
当たり前といってしまえば当たり前の
ことをつい忘れてしまいがちになるん
ですよねえ。

 

そんなことを、最近の若者は「言語化」
のプレッシャーに悩んでいるらしい
というネットの記事を読みながら考え
ていたのではありました▼▼▼

 

最近の若者は大変なんですねえ。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

リピーターをめぐる違和感?

ピーターという言葉がありま
すよね。

 

「繰り返す人」という意味なわけです
が、早い話何かのサービスとか商品
かを何回も繰り返して利用したり買っ
たりする人を指す言葉ですよね。

 

じゃあ、何回繰り返したらリピーター
なんでしょうか?

 

というのは、つい最近「退職代行サー
ビス」リピーターになった人につい
てのネット記事を読んだんですが。こ
の人は2回利用しただけなんですよね。
つまり1回繰り返しただけなんですよ。

 

 

まあ、1回でも繰り返したなら、それ
はもう繰り返したわけなので、それで
もう「リピーター」だというのは、
としてはその通りかもしれませんが。

 

でも、

 

普通の語感として、リピーターといわ
れれば、少なくとも数回は繰り返して
と思いません?

 

まあ、退職代行サービス何度も何度
もリピートするという人がそう何人も
いないだろう(少なくとも今は)とは
思うものの、ではありますが。

 

なんかちょっと違和感を持ってしまっ
たのではありました。2回目じゃあね
え。

 

あまり良い言葉じゃないですが、それ
「裏を返した」だけじゃない? とか
思ったりして(馴染み客になったとい
えばいえるわけですが)

 

ま、それだけなんですけど。

 

あ、そういう意味では、私が仲間とや
っているアラカンセッションには、
当の意味(?)でのリピーターの方々
何人もいらっしゃるので、とてもあ
りがたく思っております。

 

余談ですが、会社勤めをしていた
ころは中間管理職的なことをしていた
こともあるわけなんですが。その頃
まだそんな退職代行サービスなんての
普及してなかったわけですね。

 

そんな退職代行サービスからの電話
メールとか、受け取らなくてホント
良かった、と思いますね。受け取って
たら結構心を病んだりしてたかも、な
んて思いました。

 

★ここでいう「裏を返す」の意味がよ
くわからないという方は、落語の郭ば
なしとかを聴かれるとよく出てきます。
そういえば三島由紀夫の「金閣寺」の
終わりの方(主人公が決定的な行動に
出る少し前)でもこの言葉が使われて
ました。

 

て、ことで。

 

では、また。( ̄▽ ̄)

 

若者は○○なコミュニケーションを大切にする?

んか、会社勤めを辞めてから、
ビジネス系のネット記事を読むこ
ともずいぶん少なくなってしまっ
たのですが

 

今日たまたまこんな記事目に入って
きました▼▼▼

 

ビジネスチャットでのメッセージの書
き方についての世代間ギャップの話で
すね

 

若者たちは「テキストだけのやり取り
でも、相手の感情を読み取る訓練を積
んでいる。だから微妙なニュアンスの
いに敏感」なんだそうで

 

彼らおじさん世代の書くメッセージ
文章「冷たさ」を感じている、と
いう、まあ最近よく聞く話なんですけ
ど……句点だけで終わる文章は怖い
かね

 

 

その他にもこういう書き方は嫌われる
というのが列挙されてますが、しかし
大変ですね今の管理職

 

なんて、もう会社に勤めてないおじさ
としては感慨に耽ってしまうわけで
すが

 

一方で、今の若者というのはそんな細
かいニュアンスに敏感なんだなあ、と
思ったりもするわけですね……音楽や
るときもそうなんだろうか? きっと
そうなのかもなあ、とか

 

案外(?)今の若者はコミュニケイテ
ィブでいい味をジャムセッションする
と出すのかもしれません

 

まあ、冷たくて怖いおじさんとは遊ん
でくれないか……

 

★て、ことで今回は句点(。)を使わ
ずに書いてみました あー、めんどく
さ(こらこら)

 

て、ことで

 

それでは、また ( ̄▽ ̄)

 

アドバイスおじさんとネット

かれてもいないアドバイスを
したがるおじさん、という話題が
バズったのって、もう何年か前な
わけですが。

 

それで、そんなおじさん駆逐された
のかというと、おそらくそんなことは
ないわけですよね。きっと今日もそん
なおじさんはアドバイスをまき散らし
ているのでしょう。しらんけど。

 

で、さて、

 

人間、仲間というか自分を支援したり
共感したりする人がいてくれるのはや
はり嬉しいものだとは思うわけですが。

 

とはいえ現実には、

 

放っておいてほしい

 

思う時もあるわけです。

 

色々考えていたりとか、ひたすらイン
プットを精力的にしようとか、集中的
練習したいとか。いろいろ。

 

そんな時に周りからあーでもない、こ
ーでもないと言われると、やはり気が
散るのでね。そういう聞かな
後回しにするようにしたいわけです
よね。

 

 

ところが、今の世の中、そうしたいと
思っても周りから色々余計なものが流
れ込んできて、それを目にしたり耳に
したりするわけです。

 

それはアドバイスという形だったり、
人の成功事例だったり、他人のリア充
な写真だったりします。

 

そういう時、いかに自分をいい感じで
「放っておかれる」状況にできるか
いうのが結構大切だと思うんですが。
その一方、今って、SNS やらのおかげ
「アドバイス」が世の中に満ちあふ
れてるわけです。

 

つまり実は今のネットというのはそれ
自体が「聞いてもいないアドバイスを
くれるおじさん」的存在なんじゃない
か、ということでして。

 

そんな中でいかに自分を「放っておか
れる」ようにできるか、というテクニ
ックというのも大事だよなあと。

 

そんなことを思ったのではありました。
抽象的ですみません。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

体調の変化は気圧のせいなのか問題について

風が来ると気圧が下がります
よね。

 

台風は「熱帯低気圧」といわれる低気
圧の一種なので、当たり前といえばそ
うなんですが。

 

そうすると、気圧が下がることで体調
に変化が出る人がいますよね。そんな
話は前にも書いた気がします。もちろ
んそんな体調の変化は感じない、とい
う人もいると思いますが。

 

皆さんはいかがですか?

 

実はそういう体調の変化を感じる
でして、だいたい気圧が下がる時
頭が痛くなるわけです。頭というか、
正確にいうと首筋の後ろ側あたりが特
に痛むことが多いわけですが。

 

ただ、それを自覚するようになったの
は、いつかというと、そんなに古い話
ではない気がするんですよね。端的に
いえば、世の中で気圧と体調の関係に
ついて色々言われだしてから、ではな
いかと思うわけです。

 

その前は、別に台風が来ても、通勤ど
うしよう(その頃はまだ会社勤めして
たので)とか、窓ガラスは大丈夫だろ
うかとか、そんな心配はしてましたが
体調については、特に気にしていなか
った気がするんですよね。

 

でね、

 

そうすると、そういう気圧による体調
の変化というのは、実際に起きている
のか、それともそんな気にさせられて
いるのか、実は良くわからない。そん
な気もしてくるわけです。

 

 

気圧が体調に影響する、なんていう
を知らなければ、そんな体調の変化
感じなかったのかもしれません。
もそもそれは事実なのか? 事実とは
何なのか? なんてことも考えたりし
てね。

 

しかし、気圧の変化を無視して生活で
きないようになってしまっている自分
という現実もあるわけで。もはやそこ
から逃れる術もない気もしますが。

 

人間の心(脳?)と体調の関係なんて
なんか良くわからないですよね。

 

すみません、ヒマです。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

ロスト・イン日常生活?

んかこの話の続きみたいなこ
となんですけど。

 

今の世の中って、ボーッとしてると
ントに色んなことが起こって過ぎ去っ
いきますよねえ。

 

半年前のことがもやたら遠い過去のよ
うに思えたりしません?

 

たとえば、あの選挙のこととか、あの
暗殺未遂事件とか、そこまで大きくな
くてもあの芸能人やら政治家スキャ
ンダルとか……

 

そういうのに乗り遅れたり忘れたり
ないようにたとえば Web やら SNS
目配りしようとするじゃないですか。
でも、結局いろいろあり過ぎて、脳の
処理能力越えてしまいません? 私の
年のせいですかね?

 

そうするとどうなるか?

 

結局、頭がボーッとなってしまうわけ
ですね。

 

超絶難しいコード進行の曲をやってる
うちに、なんかもうついていけなくな
って、立ち尽くす。なんていう感覚
近いものがありますね。

 

早い話「ロスト」してるわけです。

 

 

ロストなんて、ジャムセッションの中
だけでいいよと思うわけですが。もは
世の中全般についてロストしている、
なんて感覚日常化しているのではな
いか?

 

なんてことを考えているわけですが、
だからといって対策もなく。結局のと
ころただボーッとする今日この頃、と
いうお話でした。すみませんオチはな
いです。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

「継続は力」かもしれないけれど……

近、また高齢者が音楽をやる
メリットについての研究が発表さ
れた、という記事を見たんですが。

 

これがなんと(?)京都大学の研究な
んですが。▼▼▼

 

まず、4年前70歳すぎのそれまで
器未経験の高齢者に楽器(鍵ハモらし
いですが)を始めてもらって4ヶ月続
けたら認知・脳機能が向上した、とい
研究すでにあったらしいんですね。

 

で、今回はその4年後、その実験に参
加した人たちをまた集めて、最初の実
験の後ずっと楽器を続けてきた人たち
と、その後は別の趣味とかに移って楽
器は止めてしまった人たち比べた
ということらしいんですが。

 

そうしたら、楽器を止めた人たち(中
止群)には脳の機能に低下が見られた
のに対して、楽器を続けた人たち(継
続群)にはそういう低下が見られなか
ったという結果だったそうです。

 

 

で、

 

思ったんですが、確かにわれわれのよ
うな好きで楽器や音楽を続けている人
にとっては、これは良い話に聞こえ
ますよね。

 

自分の好きな趣味としてやってる音楽
脳の機能維持するのに役立つらし
いということなので。

 

でも、世の中にはそんなに音楽の演奏
にのめり込めない人だっていますよね。

 

そういう人たちに、脳のために楽器を
やれと、強制とまではいわないまでも
強く推奨とかいうになったとしたら、
それがそういう人たちのクォリティ・
オブ・ライフの向上につながるのか?

 

……なんてことを考えると、なかなか
難しいところもあるよなあ、なんて思
ったわけでして。

 

どう思われます?

 

まあ、好きでやってますから、
器は続けると思うんですけどね。でも
それはそれこれはこれ、かもなあと。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

あえて薄くつながる?

間関係を拡げていこうとする
と、いろいろな人と「つながる」
必要があるわけですが。

 

そして、それは今の世の中では SNS
というものがあって、簡単に出来てし
まうように思えるわけですね。

 

実際簡単だし。

 

ただ問題は、

 

本当はつながらない方がいい人たちと
もつながってしまいがち

 

ということでして。

 

そうやってつながった人たちから、あ
るとき、いやそうじゃないとか、そん
なことを言うやつはダメだとか、そん
攻撃を受けたりする、なんてことも
起こりうるわけですね。この前の話み
たいに。

 

SNS でつながりが広がるとうれしくな
って(?)次の段階としてさらに強い
連帯のようなモノを求めてしまいがち
になるんですかね。どうもそこでそう
いう悲劇が起こりがちな気がします。

 

SNS で得られるつながり薄くしてお
いて、より深い連帯とかは別の場で求
めた方が良いと思うんですけどね。

 

そこはそれ、なにか「次のレベル」の
つながりもまた SNS 上で作ろうと思
ってしまうんでしょうか。理念とか、
思想とか、マニフェストとか、そんな
ものを表明したりして。

 

 

でも、そうするとえてしてそういった
理念とかに賛同する側と反対する側
いう区別顕在化してしまうんですよ
ね。

 

それがいいことか良く考えた方がよ
のでは? と思いながら SNS 上の
騒ぎとかを眺めたりしております。

 

て、ことで。

 

それでは、また。 ( ̄▽ ̄)

 

残響しか聴こえない?

ょっと前回の話題に関係しま
すが、SNS についてよく言われる
のが、

 

エコーチェンバー現象

 

というやつで。

 

Wikipedia によれば、

 

自分と似た意見や思想を持った人々の
集まる空間(電子掲示板やSNSなど)
内でコミュニケーションが繰り返され、
自分の意見や思想が肯定されることに
よって、それらが世の中一般において
も正しく、間違いないものであると信
じ込んでしまう現象

 

を指すそうです。

 

まあ、SNS だけじゃなくて実際の人
間の集まりでも起こるとは思うんです
けどね。SNS だとそれが可視化され
やすいということでしょうか。

 

で、そういうのがいや別の SNS
移ったところで同じことが起きたり
て。そういえば、イーロン・マスク
支配されている X(旧 Twitter)がい
やで類似のサービスである Bluesky
移る人が多いなんて話があったんで
すが。

 

そしたら、その Bluesky の中でまた
エコーチェンバー現象が起きてるなん
記事を最近見ましたが……

 

まあ、人間そんな連鎖から逃れられな
いのかもしれませんねえ。

 

ところで、

 

この「エコーチェンバー」という言葉
ですが、これは元々音響効果や実験の
ため人工的にエコー(反響)を作り出
す部屋である「残響室」を指す言葉だ
ったりするわけですね。

 

 

音楽のレコーディングとかで、そうい
った効果を出すのに使われたりしてい
るわけですね。今では電気的に再現し
てしまうことが多いんでしょうけど。

 

残響のあるなしで、音の印象は全く変
わりますしねえ。いわゆるエコーとか
リバーブとか、そういった効果を全く
無視した音楽というのも考えづらい
すよね。

 

そういった意味では、音楽系のコミュ
ニティエコーチェンバー現象が起き
やすいのかも。

 

え? そんなことない?

 

そうかなあ……

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

ジャムセッションですまない人の哀しみ?

ジネス関連のメディアを惰性
で眺めこともあるわけですが、
わたくし。

 

惰性でというのは、もう私は会社勤め
してないからですが。

 

最近目につくのは、やはり例の2大自
動車メーカー経営統合するとか言っ
てたけど結局やめちゃった、という
の関連の話題なわけです。

 

まあ、色々いわれてますが、結局のと
ころ、

 

どっちも背負ってるモノが大きすぎ

 

ということですよね。

背負ってるモノ(とそれぞれが認識
てるモノ)が本当にリアルなものなの
というと、議論もあるでしょうが。
当事者のリアリティと第三者から見た
現実とは往々にして食い違うので。

 

ともあれ、

 

なんか、大物のミュージシャンが一緒
組んでなんかやろうとして、やって
みようとするけど上手くいかない、な
んてのに似てる気がしますよね。

 

それぞれのファンとか、方向性とか、
ノリの違いとか……

 

どうしても食い違いが生まれやすい
すからねえ。

 

毎回メンバーの違うジャムセッション
なら、その場限りのことでやりすごせ
ても、ずっと組もうとなるとね。

 

あー、ジャムセッションやってるんで
良かったなあ、なんてね……ま、別に
それほど思うわけじゃないんですけど
ね(ないんかい)。

 

日々気楽ではありますね、ええ(ええ
じゃねえよ)。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

続けて読めない? 聴けない?

近、気がついてしまったんで
すけど。

 

本を読むとき、熟読して同じ本を何時
間も読むタイプですか? みなさんは。

 

はといえば、

 

そういうのムリ

 

タイプなんですよね。

 

昔からそうだったかといわれれば、実
昔は違ったのかもしれないとうっす
ら思ったりもするんですが……

 

でも、少なくとも最近は一つの本
読んでいてもしばらくすると別の本
読んでいて、またしばらくするとさら
に別の本を読んでいる。そんな感じな
んですよね。

 

新刊社会的なことを書いた本を読ん
でいたかと思えば、外国の小説を読ん
いて、またしばらくすると今度は日本
の小説を読んでいて……なんて感じで。

 

そういうのって内容がごっちゃになっ
頭に入らないんじゃないの?って思
われるかもしれないんですが、そうい
うこともないように思うんですよね。

 

で、

 

音楽を聴くのもなんかそんな感じなこ
とが多くて、最近は、

 

アルバム1枚聴きとおすのがなかなか

 

ムズイ

 

なんてことを思ってしまい。

 

アーティストジャンル横断的細切
れに聴いてしまう、なんてことが多い
んですよね。

 

最近のアルバムっていろいろ詰め込ん
であって長いですしね。ボーナス・ト
ラックとかいらんわなんてことも思う
し……。まあ、それはまた別の話です
が。

 

なんで、こういう読み方、聴き方にな
ってしまったかなあ。ノン・ジャンル
のジャムセッションとかやってるせい
かなあ。なんてときどき思うんですけ
ど。

 

まあ、別にいいんですけどね。誰に迷
惑かけてるわけでもないし。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

マウント vs メタ・マウント vs メタ・メタ……?

の中、色々マウントを取りた
がる人というのはいるもので。

 

そんな前にも書いた気もしますが。

 

もちろんよくないことなんだけど、そ
思ってる人が、別の場面では他の人
にマウント取ったりとかね、そういう
のも含めて注意しないと、なんてこと
を書いた気もするんですが。なんて大
人な発言でしょう。

 

ま、それはともかく。

 

最近とある SNS の書き込みを見て思
ったのは、そんなマウントを取ってる
について、そういうのはダメだと
うことでマウントを取る、なんてこと
結構多いのでは?ということで。

 

具体的にいうとですね、ジャズ好きの
おじさん若い人ジャズを上から目
線で教えようとしているのを、そうい
うのはよくないから黙ってろ、という
ような内容だったわけですね。

 

確かにそういうおじさんは多い(ロッ
クにもブルーズにもいそうではありま
すが)のだろうと思うんですけど。

 

それを指摘してる方も、そういうおじ
さんにならなかった俺エライ、みたい
マウントしてるんじゃないかと感じ
てしまうんですよね。メタ・マウント
というかね。

 

で、そこで、それってマウントしてる
のをダメだといって、さらに上からマ
ウントして承認欲求満たしてるだけじ
ゃないの? なんて書くと、マウント
上塗りになるので(メタ・メタ・マ
ント?)……

 

まあ、生暖かく見守りながら、あー、
人間てやつぁ……なんて思ってるだけ
なんですけどね。

 

ちょっと、こっそりこちらで書いてし
まいました

 

すみません。

 

て、ことで。

 

では、また  ( ̄▽ ̄)

 

ボケないために間口を広げる?

うにですね……

 

いや、ま、そんな大げさな話でもない
んですが。

 

アラカンとかいう年代過ぎたら、な
るべく興味とか関心領域の間口
げるようにした方がいいと思うんです
よね。よく言われることかもしれませ
んが。

 

そういや「関心領域」って映画があり
ましたね、去年。なかなか怖い映画
したが。

 

それはともかく、特に男性に多いよう
なんですが、歳とる興味関心の領域
がなんかこうぐっと狭く閉じてしまう
が多いような気がしてですね。一応
それに抗うことも必要な気がするんで
すよね。

 

まあ、世間の荒波に揉まれて、もう
きなことだけ見ていたい。楽をしたい
という気持ちわからないじゃない
すが(私もそう思うこともありますけ
ども←ウソつけ)、

 

ボケ防止

 

だと思ってやるといいんじゃないでし
ょうか。

 

まあ、がこうやってなんかいろいろ
ネタをさがしてうだうだ書いている
も、そんなボケ防止的な意味合い
なりあるんではないかと思うんですよ
ね。他人事みたいですけども。

 

そもそもジャンル指定しないジャムセ
ッションなんてやってるのもそういう
ことかなあ、なんてね。始めた時は別
明確にそう思っていたわけじゃない
ですが。

 

今にしてみるとそういうことかも、な
んて思ったりしております。

 

て、ことで。

 

それでは、また。 ( ̄▽ ̄)

 

 

「了解しました」問題と脳への負担?

ールとか、LINE のメッセー
とか、そんなやりとりをしてる
ときに、

 

了解しました

 

という言葉打込むのに、ちょっと
したり、考え直して別の「承知しま
した」とかいった言葉に置き換えたり
してません?

 

「了解しました」という言い回し
ールなどでのマナーとして良くない
不適切だという「常識」は、実はわ
りと最近、2010年前後から主張されだ
したようです。

 

そのかわり「承知しました」と言い
ましょう、なんてのも同時に出てきた
なわけです。

 

その辺の経緯についての詳しいこと
書いた記事を最近読んで、なるほど
ういうことだったんだ、と思いまして。
ご興味のある方はこちらをお読みくだ
さい▼▼▼

 

で、

 

「了解しました」より「承知しました」
ベターなんていうのは、間違いだと
いう話は頭では理解していたつもり
したし、同じように理解されていた人
も多いとは思うんですが。

 

でも、世の中にはそういう「常識」を
信じている人もいるということは
インプットされてしまっているわけで
すね。そうすると冒頭に書いたような
ことで悩んだりすることが起きるわけ
で。

 

正しい応答のしかたをしている、と
ではわかっていてもそういう「常識」
で生きている人は怒ってしまうかも
れないなあ。なんて「配慮」考えて
しまう自分がいるわけです。

 

もう、何の心配もなく「了解しました」
と言っていた自分には戻れない、とい
うかね。そんなことで、脳のリソース
のいくばくかを奪われているんですよ
ね。

 

こういうことから解放されたい、と
うけどもう戻れないというこの感じ。

 

何かに似てると思ったんですが、そう
いえば、

 

よけいな音楽理論的な知識を知ってし
まったとき

 

……に似てるかもしれない、なんて思
ったのではありましたね。ま、ちょっ
と違うのかもしれませんが

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

自分とは直接関係なくても興味を持てるか問題?

ょっと前に、今の音楽は自分
の若い頃にくらべて進化してると
感じられるか? なんて話を書い
たんですが。

 

でまあ、年のせいかあんまり進化を感
じられなくなってるなんて話を書いた
わけですね。実際客観的にどうなのか
は別にして。

 

早い話、今の新しい音楽になかなかの
めりこめない自分がいるというのは
るよなあ、ということなわけです。

 

でも、そんな思いを抱きつつも、一方
新しい音楽も聴いておかなくちゃ、
思ったりもするんですけどね。新し
い音楽を聴くというのと、それにコミ
ットするというのはなわけで。当た
り前ですが。

 

なので、聴こうとは思うわけですが、
やはりそこに向かう

 

モチベーション

 

というやつが湧くか湧かないかという
問題はあるんですよね。

 

で、

 

ュー最近読んだのですが、古舘さん
は、

 

「最近の若い人が使う、自分のボキャ
ブラリーにはない言葉の使い方なども
逐一おもしろいなと思います。自分で
は使わないけれど、インプットする

 

なんてことをおっしゃってまして。も
ちろんこれは、「トーク」という分野
の話ではあるわけですが。

 

音楽という領域で、自分もそういう境
なれればいいな、とちょっと思っ
たわけではあるんですけど。

 

まあ、それだけなんですけどね。

 

さて、どうなるか?

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

どこまで自主的? どこまで強制?

X(旧Twitter)を見てたら、あ
る人が

 

小さなこども楽器速弾きさせられ
たりする動画を見ると、かわいそう
思ってしまう

 

……んだよね、という内容のことを書
いたら、そんな決めつけはよくないと
かいう反応殺到したたとかで、ぼや
いていたんですけど。

 

まあ、個人的な感想にそこまで敏感
ならんでもなあ、と同情する気持ちの
一方で、今の世の中そういう反応が巻
き起るというのもありそうなことだ
とは思ったんですが。

 

で、まあその話はそれだけなんですけ
ど(それだけかい)

 

その流れちょっと思ったのは、人が
楽器を始めるにあたって、どこまで
分でやろうと思ってスタートしたか
というのはけっこう微妙というかアン
ビバレントなところがあるよなあ、と
いうことでして。

 

若いというか小さい頃からスタート
た方が、速弾きじゃないですがテクニ
ックの習得には絶対有利だろうと思う
一方、(例えば親などに)「やらされ
た(ている)」感覚持ちやすい
りやすいのではないかと思うんですよ
ね。

 

一方、より年をとって、あー楽器やり
たいと思って自分で楽器を手に取る人
は、そういう感覚なしに取り組める
は思うものの、

 

技術的な向上のハードルは高い

 

だろうなと思うわけです。なので、
折率も高いのだろうと推測されるわけ
ですね。

 

で、音楽を楽しむには結局どっちがハ
ッピーかなあ、とか考えてしまうわけ
ですが。

 

どっちだと思います?

 

そう聞かれても簡単に答えのでる話で
もないでしょうけど。

 

そんなことを考えながら、次のセッシ
ョンの準備をしているわけですが。

 

ちなみに私が一緒にセッションする人
たちはたぶん後者のタイプが多いとは
思うんですよね。だからどうという話
ではないんですけど。

 

まあ、私としてはそんな皆さんと楽し
くセッションできているので、何も文
句もないですしね。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)

 

読書の時間に○○間格差はあるか?(答え:ないらしい)

んか、きのうきょうニュース
で囂(かまびす)しいのが、

 

日本人の半分以上が「月に1冊も本を
読んでいない

 

というでして。調査によれば半分ど
ころか6割以上ってことらしいですね。

 

日ごろ古本屋に行くのが好きと言った
り書いたりしてる身としては、そうか
と思い、ちょっと残念に感じたりも
する一方で、

 

まあ、でもそんなもんじゃないの

 

とも思ったりもするわけですが……

 

で、

 

ちょっと面白い(?)な、と思ったの
は、調査によれば本を読まない率は年
代とか性別に関係ないそうなので、こ
問題は、

 

若者が本を読まなくなった

 

ということではないことですね。

 

日本の将来を背負う若者が心配だ、と
かいう話ではなくて、みんな同じ泥舟
(?)に乗ってる感じなわけで。

 

なんか、この手の文化的コンテツの話
をするときには、よく世代間の違い
論じられたりもするんですけど、もは
や世代とか関係なく押しなべてそんな
傾向というわけですね。

 

特に根拠もなく個人的思い込みで言う
んですが、今後その他のメディアや
コンテンツとの接触度合なんていうの
も、同じように世代格差は少なくなっ
ていくのかもしれません。

 

音楽の聴かれ方なんていうのも、もし
かしたら世代はあまり重要なファクタ
ーではなくなっていくのかも、なんて
ことを思ってしまいました。まじめか。

 

て、ことで。

 

それでは、また。( ̄▽ ̄)