セッション的東京オリンピック考

オ・デ・ジャネイロのあと
を受けて、
日本ではその次

まり東京オリンピック・パラリ
ンピックに向け
た準備が進んで
います。

 

今回はちょっとジャム・セッション的
な視点から、2020年のオリンピック
のことを考えてみたいと思います。

 

なんでこんなことを書こうと思ったか
というと、この前、仕事でリオ・デ・
ジャネイロにオリンピック期間中出張
していた人の話を聞く機会があったん
ですね。

 

で、彼が言うにはリオのオリンピック
については、景気が悪いだの、犯罪が
多いだの、大統領がやめさせられただ
の、ジカ熱だの、色んな問題が報道さ
れましたが、それぞれはもちろん本当
のことなんだけど、それだけをみてい
らいけないんじゃないか、と。その
一方で、世界中から何をいわれようが
オリンピックを楽しんでいる人たちが
いるんだというわけですね。それも
ンパなくむちゃくちゃ楽しんでる。

 

それに対して、日本人というのは自分
たちで楽しむという視点よりは、どう
どうやって世界から評価してもらう
ということが先に立ちすぎるんじ
ゃないか。クール・ジャパンにしても
海外からの目を気にしすぎている気が
する。もう少し、自分たちのためにど
うオリンピックを楽しむかという部分

があってもいいんじゃないか、と。

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そうかー。オリンピックをどうやるか
についても日本人って「弾き気」が強
く出ちゃうのか、って思いました。

 

前にも書きましたけど、セッション
アドリブ・ソロを弾くとなったときに、
うまく弾かなきゃとか、音をはずしち
ゃったらどうしようとか、果ては何弾
いたらいいか分からなくなっちゃう
かいったことが起こってしまうのを、
われわれはよく「弾き気」の問題と呼
ぶんですが、似たような心理が働くん
でしょうかねー。

 

もちろん、海外の人に対する「おもて
なし」の精神もクルージャパンのコン
テンツもそれぞれ良さはあるわけです
が、なにか完璧にそれをプレゼンテー
ションしようとする意識が強すぎない

?と思うわけですね。


どこかで「ドとレの2音」に戻ってみ
る的な発想、単純にイベントを楽
しん
でみる、といったようなシンプルな発
で臨んでみるというのも必要ではな

いのか?

 

そんな事を、リオでの話を聞きながら
考えたりしたのではありました。

 

では、また ( ̄▽ ̄)

 

 

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