その日、俺は出社日で、クラ
イアントからのオーダーについ
て社内で長時間の打合せがあり、
疲れ果てて帰宅した。
打合せで俺は、サンドバッグ状態だっ
た。それというのも、あの同僚がクラ
イアントから言われた無理難題を、ホ
イホイと引き受けてしまうからだった。
そんなことをそんな短い納期でできる
わけないだろう。俺はそんな非難を浴
び続けた。そりゃそうだろう。俺だっ
てそう思う。
俺は土下座せんばかりに頼み、妥協点
を探り、とりあえず当面の合意をとり
つけたが、本当にそれがうまくいくか
は、なんともわからない。俺は胃が痛
いのを堪えつつ、家の玄関の扉を開け
た。
ただいま。と俺は言って中に入った。
なんの返事もない。いつもなら、別に
笑顔の出迎えがあるわけではないが、
何かしら返事があるのだが。はーい、
とか、おかえりとか。
何か嫌な予感を感じつつ、俺はリビン
グに入った。すると、
妻がこちらを睨んでテーブルの向こう
に座っている。俺の胃の痛みはさらに
激しくなってきた。
あ、いたのか。言ってしまって、俺は
言わなければよかったと思った。
いるに決まってるでしょう。妻はつっ
けんどんに言った。
いや……返事がなかったもんだから。
俺は言い訳がましく言った。
妻は何も言わない。見ると妻の前のテ
ーブルの上には、なぜか俺のギターの
ピックが数枚置いてある。
あれ、それって……俺はピックを指さ
して言った。
何回言ったらわかるの? 妻は急に大
きな声を出して言った。
ズボンのポケットにこういうものを入
れたまま洗濯物で出さないでって、何
千回も言ってるわよね?
あ。俺は思い出した。この前の週末、
スタジオでバンドの仲間と練習をした
とき、ピックをズボンに入れていたこ
とを。
あ、じゃないわよ。ピックが洗濯機の
変なところに入って、機械が壊れたら
どうするの?
あ、ああ、ごめんごめん。俺は素直に
謝った。今度から気をつけるよ。
今度から気をつけるよ。って言って改
まったためしなんてある? 大体なん
でこんなに何枚も入れておく必要があ
るわけ? 1枚しか使わないくせに。
ピックは落としたりなくしたりしやす
いし、気分で持ち替えるんだ。俺はそ
う言おうとしたが、賢明ではないと思
い直して言わずにおいた。
本当に悪かった。気をつけるから。俺
はそれだけ言った。
……で、何か食べるものあるかな?
しばしの沈黙の後、俺は妻に尋ねた。
さあね、冷蔵庫になんかあるでしょ。
勝手に好きなもの作れば? 妻はそう
言い放って TV をつけて観はじめた。
俺はため息をついて、何があるかを見
ようと冷蔵庫を開けようとしたが、そ
もそも胃は痛いし、食欲などまるでな
いことに気がついた。
夕食抜きで、そのまま寝てしまおうか。
俺はそう考えながら冷蔵庫の中を覗き
こんだ。
※このお話はフィクションですので、
現実の社内調整会議、クライアントか
らの無理難題、バンドの練習、配偶者
との言い争いとは無関係ですよ。いや
ほんとに。
て、ことで。
それでは、また( ̄▽ ̄)
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